097. 鍵


 剣が鎬を削る。
 サリウス=ヴァン=デジレの唇が、余裕の笑みを浮かべる。
 間違いなく、この大陸で指折りの、それも片手に入る剣士。
 だが、一〇年ほど前、彼と御前試合をしたときよりも、その差が広がったように感じるのは、ランスの気のせいではないだろう。
 稽古を怠っていたつもりはない。
 だが、その差は歴然で、こうまで差が出来たことに愕然とした。
 とはいえ、こうして彼と剣を交えることで、またランス自身の技が磨かれていることも感じていた。
 それは、ランスが自分に比肩するだけの人間を騎士団内に育てられなかったこと、そして、サリウスがフェリアという弟子を得て、自分を高めてきた差であることを如実に示していた。
「なぁ」
「はい?」
 一度間合いを取ろうとしたが、すぐにサリウスはその間合いを彼の予測より速く詰めてくる。
「何でお前さん、こんなに嬢ちゃんにつきまとうんだ?」
「っ」
 一瞬の隙を逃すことなく、サリウスが追撃してくる。
「最初はさ、嬢ちゃんの髪だからな、あんたが出張ってくるのもとは思ってたんだけどよ」
 青銀の髪は、王族の血を受けている証。
 先祖返りということもあるし、放蕩息子や没落貴族の血に連なることもある。
 それを担ぎ上げて、国王に近づこうとする者もいる。
「お前さん、不器用だからな。国で地位はあっても、そこで上手く立ち回れなくて、こっちに回されたってーのも、一応無理はねぇ」
 ランスは防戦一方になりつつも、何とかサリウスの剣戟をさばく。
「それは、あなたの買いかぶりでしょう」
「でもよぉ、大事な国王陛下の傍を離れすぎじゃね?」
「それは……っ」
 ランスの手から剣が飛ぶ。
「……参りました」
「それは、どっちの意味かな?」
 サリウスは、剣を鞘に収めつつも、その話題を収める気はないようだった。
「俺はさ、嬢ちゃんのことを知ってるからな……あんたが、傍をうろうろすることが、鍵じゃねぇかなって思うんだよなぁ」
 下町で好き放題に遊んでいるように見えるが、フェリアは、バラクト国でも生え抜きの台貴族サンモーガン家の令嬢だ。
 そして、彼女の父親が誰かということは、今ではサンモーガン卿しか知らない、ということになっている、表向きには。
「何のことでしょう? 私はリアを気に入っていますからね。それに、あなたの存在も、脅威と言えば脅威ですから、暇があれば訪れてしまうんですよ」
「へぇ……」
 サリウスは、「にやにや」と笑いながら、近づいてくる。
「……この話題、まだ続けますか?   痛っ」
 彼がこの情報をどうこうするとは思わないが、場合によっては……と思ったランスだったが、突如眉間を中指で弾かれ、驚きと、衝撃で思わず呆ける。
 あの緊迫した雰囲気でこのようなことをされるとは思わなかったのと、彼の手の動きが見えなかったことの両方で。
「お前さん、真面目すぎ」
「は?」
「お前さんの行動が鍵だっつってるだろ? そのお前さんが、こんなにわかりやすかったら、俺じゃなくてもわかるっつーの」
 ランスは、つい吹き出し、肩から力を抜く。
「……リアなら、おっちゃんにわかるんなら、国中の人にわかるね、と言うところですね」
「そんな憎まれ口がすぐ出るとこだけ、嬢ちゃんに感化されてんのな」
「いえいえ。ご忠告、感謝します」
 サリウスもフェリアの口調を頭の中で再現しているのだろう。
 本気で嫌そうな顔をさせたことに、溜飲を下げ、ランスは剣を拾った。
 確かに、彼があまりに動くと、「リア」は何者なのか、と探ろうとする者も出てくるだろう。
 そこから、サンモーガン家、そして……と糸をたぐられるのは望ましくない。
「さて。今日は、何を奢ってもらおうかなー」
「……やられっぱなしだと思われるのは困りますね」
 軽い口調に、ランスは闘争心を刺激されながら、剣を拾った。
 己が「鍵」であるならば、必ずその奥にあるものは守って見せると思いながら。


 2016年08月08日

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