092. ひとつとや



 「ひとつとや 人には笑顔が第一よ 第一よ……」
 近所の子どもが歌を歌いながらボール遊びをしているのを遠くに聞きながら、サリウス=ヴァン=デジレは、傍らで真剣にゲームボードの駒を睨んでいるフェリアを見つめる。
 戦術の勉強になるから、とランスに教わったらしいが、考えるより動きたい彼女にとっては、なかなか上達しないゲームの一つだ。
 もっとも、賭け事やカードゲーム、彼女が知っている遊びといえば、夜の酒場や戦術的なことばかりで、子どもらしい遊び、ましてや女の子らしい遊びなどを教えたことはなかったことを、今更ながらに思いつく。
「お前さー」
「え? や、もちょっと! もちょっと待って!」
「それはいいんだけどよ。近所の子どもともっと遊んだ方がよくねーか?」
 以前は彼との稽古に明け暮れていたが、今は違うのだ。
「何で?」
「いや、何でって……その、俺といたせーで、お前、子どもっぽくないことばっかしてんじゃん?」
「リアは前から子どもっぽくないよ?」
 ひょい、と顔を覗かせるフェリックの言い分もその通りではあるのだが、それは家庭の事情が許さなかったという背景がある。
 家族以外で一番長く一緒にいた大人として、もっと配慮してやれることがあったのではないかと思うのだ。
「うーん……なんか、おっちゃんが何をなやんでんのかは、よくわかんないんだけどさ」
 フェリアは首を傾げ、少し眉根を寄せて考えたあと、
「あたしは、おっちゃんと一緒にいられて、楽しいよ。それにおっちゃんが剣を教えてくれたお陰でルビーって友だちも出来たし。それに、魔法も習えたしね」
 一つひとつ数え上げるように指を折る。
「あたしはおっちゃんが大好きだし、別に今困ったこともないし。確かに他の子と遊ぶのも大事なのかもしれないけど、他の子と同じくらい大切なもの、おっちゃんやフェイからもらってるもん」
 あまりにあけすけな言葉に、サリウスは言葉に詰まる。
 それを見て、フェリアは「にやぁ〜」っと笑う。
「ふふふ。エルジェットの言ったとーりだぁ」
「な、何がだよ」
「男なんて、メンツとか、コケンとか大事だけど変なものにしばられて、それが格好いいと思ってるんだよ。だから、女が素直に思ったとーりのことを言ってやれば、イチコロで喜ぶのさーって」
「ぐっ」
 一瞬いつものようにげんこつしてやろうと思ったが、言っていることを考えれば、「素直に思った通り」なのだ。
 そのことに思い至ると、サリウスは自分でも考えるより先に、頬に血が昇るのを感じて、そっぽを向く。
「あれ? サリウス、耳が赤いよ?」
「う、うっさいなっ」
 フェリックが余計な指摘をしたため、サリウスはその場から立ち上がる。
「……七つとや泣く子にブンブン蜂が飛ぶ 蜂が飛ぶ笑う角には福が来る」
 外からはまだボール遊びの声が聞こえている。
 何が幸せで、何が不幸せなのかはわからない。
 だが、フェリアは確かに「子どもらしい」わけではないが、笑っている。
 無理なく、自然と笑っている、それでいいのかもしれない、と、サリウスもまたひとつ、幸せを見つけたような気持ちだった。

 2016年01月19日

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