091. 自由
夜遅く、ドアをノックする音に、ハリエットは首を傾げる。
このノックの仕方、軽さはフェリアのものだが、こんな時間に彼女が訪ねてくることなどなかったからだ。
「婆様、開けてー」
だが、聞こえてきた声は、間違いなくフェリアのものだった。
首を傾げながらも、ドアを開けると、
「こんばんは、婆様」
フェリアが、笑いながら中に入ってきて、フードを取った。
日ごろは、陽光に煌めく青銀の髪を惜しげもなく晒しているが、さすがにこの時間帯ということで隠してきたのだろう。
傍若無人で、他人のことなど気にしていないように見えて、意外と考えているのが窺えて、ハリエットは思わず微笑んだ。
「どうしたんだえ、こんな時間に」
「フェイが寝るの待ってたら、こんな時間になっちゃったの、ごめんね」
フェリアは律儀に頭を下げる。
確かに彼女がいつも一緒にいる薄羽族のフェリックの姿がない。
ハリエットはとりあえず座るように指示してから、お茶の支度をする。
「……ありがと」
お茶を飲んで、一息吐くと、フェリアは徐に居住まいを正す。
「あのね、婆様。フェイのことなんだけど」
大分前から考えていたことなのだろう、彼女の言葉によどみはない。
「あたし、何もわかんなくって、フェイのこと、名前で縛っちゃってるみたいなの。最初はね、そんなこと大したことないって思ってたし、フェイだって、色々あって、家を飛び出してきたみたいだしって思ってたんだけど。婆様に魔法を習って、「縛る」ってことがどーいうことなのかもわかってきた。だから、実はすっごいことだったんだな、ってわかった」
小さな拳を握りこみ、フェリアはまっすぐにハリエットを見つめる。
「どうしたら、その縛りを外せるの? フェイはもう空も飛べる。自分で好きなことが出来る。どこにだって行けるし、家にだって戻れるのに、あたしがその自由を縛ってる」
「 あの子は、別に離れたいとは思ってないようだがね」
「うん。それは嬉しい……でも、いつまでもそれでいいってわけじゃないし、フェイは大事な友だちだから、「縛る」んじゃなくて、自由でいて欲しいの」
「そうさねぇ」
ハリエットは考え込む。
そもそもが正式な契約でもなく、本人も無意識で行ったことなのだ。
その解呪が、どのようにすれば良いのか。
「……お前さんよりも強い支配権を持つものが、フェリックの真の名前を呼べば、断ち切れるかもしれないね」
「それって、フェイから名前を教えてもらわないで……ってこと?」
「そういうことじゃの」
「強い支配権を持つって言ったら、王様?」
「とは限らんかもしれんが、少なくとも人間ではなかろうの。彼は妖精じゃから、妖精王かのう」
「婆様、妖精の王様に会ったことある?」
「いや、彼等は、森の奥深くにおると言うからの」
「……そっかぁ……でも、妖精の王様にお願いしたら、フェイは自由になれるかもしれないんだね」
フェリアの真剣な表情を見て、ハリエットは内心溜息を吐く。
彼女の行動原理は、いつも他人のため、だ。
母のために静かな人形のように過ごす。
友のために剣を習う。
友のために魔法を習う。
どれも大切なことだし、その心根は賞賛に値するものだが、そこに「フェリア自身のため」という気持ちが薄すぎるのだ。
今また、友のために妖精王を探そう、そう決意している彼女が、自由に自分のために動けることを願ってやまないハリエットだった。
2015年12月22日
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