090. あとすこし


 森の中に、木刀の打ち合う音がする。
 用心棒として娼館に部屋を与えられたサリウスだったが、フェリアと剣の稽古をするときには、結局元の掘っ立て小屋のある辺りを使うことが多かった。
 サリウスは、フェリアの動きの先を読みながら、攻撃を受け流すようにさばいている。
 今では、彼自身うっかりしていると、足下をすくわれかねないほど、彼女の剣は上達していたが、攻撃が性格を反映しているせいで、こうして打ち合っていても、まだ余裕を保っていられた。
「?」
 フェリアが小声で何かを歌っているように感じ、一瞬足を止める。
 その瞬間を見定めたかのように、
「Lumine!」
 歌のように聞こえたのは、呪文を詠唱していたのだと気づき、サリウスは慌てて間合いを取る。
 彼との稽古の最中に、フェリアが魔法を使ったことはなかったのだが、油断したとしか言いようがない。
 最後の「力ある言葉」とともに、フェリアの左手が白色の光を打ち出す。
 目が眩みながらも、彼の身体は躊躇うことなく、蹴りを放っていた。
「けふっ」
 ほぼ手加減なしの蹴り。
 軽い落下音と、苦悶する声に焦るが、まだ視界がはっきりしない。
 手応えからすると、狙い通り腹部を蹴ったと思いつつも、相手はまだ子どもで、女の子なのだ。
「う……げほっ……」
「くそっ! ……嬢ちゃん、大丈夫か?」
 目をこすりつつ、手探りでフェリアを探す。
「……おっちゃん……ひどいよぅ……」
 咳き込みながらも返答が来たことで、安堵する。
「お前さんが、いきなり魔法なんか使うからだろ」
「うー、だって、しんけんしょーぶでしょ?」
 腹部を押さえつつも、文句を言うフェリアの顔が見えて、サリウスは大きく吐息を漏らす。
「そーだけどよ。ったく」
「あーあ、今日こそおっちゃんから一本取れると思ったのになー」
「魔法まで使ったのにな」
 本気でがっかりしている様子に、思わず笑みが洩れる。
「そーなの! あとすこしだったと思うんだけどなー」
「あのなー、魔法も剣も、上手に使いこなさなくちゃだめだろ。適当じゃだめなんだよ」
 言外に「まだまだ」の意を込めて言うと、フェリアは草の上に寝転がりながら、唇を尖らせる。
 確かに今の魔法との連係攻撃、隙の突き方は危なかった、と思いながら、そんなことはおくびにも出さないで、彼自身ももっと修行をしなければと苦笑いを浮かべた。

 2015年12月1日

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