075. 見つけ出せ
「ローゼンフェルト」
不意に声をかけられ、その冷たい声の主を意外に思いながらも、ランスはすぐに向き直り、最敬礼の姿勢を取る。
声の主は、王妃ベアトリスだった。
「そなた、近頃いかがわしいところに出入りしているようだな」
「 さて。どなたがそのようなことをお耳に入れたのでしょう?」
前置きも何もなく言われた言葉に驚きつつも動揺を内に押し込め、肯定も否定もせず、にこやかに笑う彼に、ベアトリスは手にした扇子をはためかせる。
「そこここで噂になれば、嫌でも妾の耳にも入ります。陛下の腹心の部下であるそなたが、そのような醜聞とは嘆かわしい」
決して自分の欲求を満たすためではないが、娼館に足繁く通っているのは事実だ。
しかし、ベアトリスの狙いがわからず、ランスは対応を慎重にせざるを得ない。
「妃殿下よりそのようにおっしゃっていただき光栄ですが、そのような讒言がお耳に入るのであれば、さらに精進せねばと身の引き締まる思いでございます」
「讒言……のぅ」
彼は武人故にベアトリスと直接対話することなどほとんどない。
故に今まで気づかなかったが、彼女の中にある粘着質の悪意が、彼の心を探るように撫でていくのを感じる。
ランスは心の内を悟られぬよう、いつものように無礼にならぬ程度ににこやかに応じる。
「なるほど……陛下に仇なす行為ではない、ということよのぉ」
「忠誠を誓ったこの剣にかけて」
「二度とそのような噂を立てられぬよう、身を慎むがよい」
「は」
ベアトリスは唐突に話題を打ち切ると、身を翻そうとしたが、
「密命を帯びて……と誤解を受けても職務に関わるであろうな」
濃い紅を塗った唇で笑みを形作り、今度こそ彼の前から去って行った。
「…………」
ベアトリスのことをただ高慢な女性だと、この地に嫁してきたことに不満があるのだとばかり思っていたランスは、その笑みに戦慄した。
彼女は何らかの目算があって、国王ジェラルドの秘密を探ろうとしているのだ、と。
そして、それを見つけ出すために、彼に探りを入れてきたのだ、ということを。
ベアトリスにも子飼いの者はいる。
彼女があの扇の下から「見つけ出せ」と一言命令すれば、なんとしても探ろうとする者もいるだろう。
ランスは無意識に腰に下げた剣の柄を握りしめた。
2014.10.02
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