074. 通じてる?



 フェリアは、娼館の前で深呼吸を繰り返す。
 先日、フェリックを連れてきたときは、そのままぽいっ! と投げ入れて、「婆様のところにいるから」と伝えただけだったから、実質的にここに訪れるのは二月以上ぶりになる。
 意を決して来たものの、やはり気後れがして、人に見つからないよう、こそこそとした動きになる。
  久しぶり、おっちゃん」
 ここにいるだろう、と見当を付けていた場所に、サリウスがいたので、おずおずと声を掛ける。
 微妙に視線をそらせていたため、彼の顔が一瞬喜色に染まり、笑みを浮かべかけた口元を引き締めたのを見ることは出来なかった。
「おう、久しぶりだな」
 だが、声には彼女を歓迎する色がにじんでおり、それだけでフェリアは勇気づけられた。
「ごめんね、おっちゃん」
 だから、彼の傍に座り、開口一番謝罪する。
  そりゃー、何に対するごめん、なんだ? ずっと来なかったことか? それとも」
「隠し事してたこと」
 サリウスは、「ぽんぽん」と、彼女の頭を叩く。
「んとね、おっちゃんをだまくらかそーとか、そーゆーことじゃなかったんだよ? あのね、あたしね、フェリア=トレスタ=サンモーガンって言ってたら、すごく息がしづらかったの。黙って、おとなしくして、ただ座ってる。なんだか、自分がお人形さんになったみたいな気がしてたの」
 昨日ハリエットに話した分、説明しやすいが、サリウスの反応が気になるので、うつむきがちになる。
「でね、リアとしてだと、すごく気持ちよかったの。でね、おっちゃんたちとはリアとして一緒にいたかったんだ。でも、あたしはあたしだから、結局おんなじなんだけれど」
 無言のサリウスに、フェリアは不安になって、彼の顔を見上げる。
「おっちゃん、あたしの言うこと通じてる?」
「通じてるよ、ばーか」
「っ」
 デコピンが飛んでくる。
 抗議しようとしたが、サリウスの目が潤んでいることに気付いて黙る。
「なんで俺が嬢ちゃんのこと知ってて言わなかったと思う? 嬢ちゃんだから剣を教えた。嬢ちゃんだから、今も一緒につるんでる。自分でも言ってるけど、嬢ちゃんは嬢ちゃんだろうが」
 愛されていること、大切にされていることを知り、フェリアは黙って彼に抱きついた。
「待ってたんだぞ、俺。お前が自分から言い出すの」
「……自分で言ったくせに」
「はいはいはいはい。ルビーにもランスにも、ここの女たちにも、俺がガキだって責められましたとも」
 ついつい憎まれ口を叩くと、サリウスは降参! とばかりに言いつのり、
「おかえり」
 フェリアを力強く抱きしめた。
「よく戻ってきてくれたな……」
「うん。婆様にね、お話ししたら、おっちゃんたちと一緒にいたいなら、通じるまで一所けんめー話なさいって言ってくれたの。それでダメならしかたがない。けれど、自分の方から話し合いをほーきしちゃうのはダメなんだって」
「……へぇ……」
 話が通じている、自分の気持ちが通じたことが嬉しかった彼女には、サリウスの複雑な気持ちはまだまだ通じていなかった。


2014.08.21

inserted by FC2 system