071. 幸福


「ねぇ、リア。最近全然外に出ないけれど……」
「うん、そうだね」
 フェリアは心ここにあらずの様子で、本のページをめくる。
 いつもは太陽のように眩しい光を宿しているのではないかと思わせる瞳も、くすんで見える。
「そうだねって」
「フェイ、どこか出かけたいの?」
「え? いや……」
 特に目的があるわけではないので肯定はできないが、外に出かけたくないわけではないので、否定もできない。
  ぼくは、リアと出かけたいんだよっ!」
 意を決して、半ば叫ぶ。
 彼女に捕まったとき、いつも逃げ出したいと思っていた。
 それが、いつの間にか彼女と一緒にいることが楽しくなった。
 彼女が笑ってくれないと、自分も楽しくないと感じるようになったのだ。
 彼女と知り合ってから、ここまで落ち込んでいるのが長引いたのを見たことがなかった。
 母親のリディスが死んだときですら、彼女はそれを隠しきっていたのだから。
「そっか」
 次に何を言えばいいのかわからず、ただ顔を真っ赤にして彼女を見上げていると、不意にフェリアは笑った。
「心配かけて、ごめんね、フェイ」
 そして、彼に手を差し伸べる。
「本を片付けて、着替えてくるから、ちょっと待っててくれる?」
「……うん」
 彼をテーブルに載せ、優しく伝えるフェリアに、フェリックは自分が情けなくてたまらなくなる。
 母が今以上に辛い思いをしないように、とすべてを飲み込み、人形のように生きていたフェリア。
 友だちのルビーに笑っていて欲しいと、サリウスに剣を習い、金を稼いだフェリア。
 サリウスの仕事を世話するフェリア。
 周囲を心配させないように、と、一人で泣くフェリア。
 そして、今、彼を気遣って、彼のために出かけると言うフェリア。
 すべて、誰かのため、なのだ。
 下町に出かけることだけが、自分のためだったのに。
 彼女の幸福のために何もできない自分が嫌だった。
 周囲の幸福のために、何でもしてしまうフェリアが心配でたまらない。
「お待たせ、フェイ。どこに行く?」
「……湖に行きたいなっ」
 だから、精一杯明るく応じた。
 今は無理でも、いつかは彼が傍にいることが幸福となれるようになりたいと想いながら。

2014.08.19

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