068. 扉


「おっ、フェイっ! ようやくおでましか」
 小鳥の背から降りたフェリックをサリウスは目敏く見つけて微笑んだ。
「ん? お前さんだけか?」
「うん、リアは、樹の上でぼんやりしてる……」
 フェリックはしょんぼりと肩を落とす。
 サリウスが彼女の本当の名前を知っていたとわかった日から、彼女は彼の元へはやってこない。
 それは、もうすでに一月に達しようとしていた。
 当初は、すぐにけろりとして、またやってくるだろうと思っていたし、屋敷に忍んで行ったときも、すぐに和解できると思っていたのだ。
 だが、彼女は彼の言葉を聞いてはいても理解しようとせず、ただ黙っていた。
「ねぇ、サリウス。リア……消えちゃいそうで怖いよ」
 今まで、フェリックも彼の元を訪れはしなかったのだが、彼女の様子がのっぴきならない状態だからこそやってきたのだろう、と察しが付く。
「だなぁ……。けどな、リアが自分で乗り越えるしかないんじゃないか?」
「サリウスっ?」
 フェリックは、信じられないとばかりに目を見開いて彼を見つめる。
「だってよ、嬢ちゃんが本当は貴族の娘だっていう事実は変えらんだろう。それをずっと隠して俺たちと付き合うのは可能だったかもしれんが、俺もルビーも、ランスも嬢ちゃんが、下町の娘だから仲良くしているわけでもなければ、貴族娘だから仲良くしているわけでもない。それを自分で理解しないと駄目なんだよ」
「?」
「このまま、俺たちと縁を切るという扉を選ぶのか、それとも、今まで通りの扉を選ぶのか、新しい自分としての扉を選ぶのか。俺たちは待ってるさ、嬢ちゃんを。けれど、それは嬢ちゃんが自分で決めないと駄目なんだよ」
「……それまで、ただ黙って見てろっていうの? あんなリアを?」
 傍で見ているフェリックは辛いのかもしれない。
 その原因を作った彼を責め立てたい気持ちもあるだろう。
 彼に何とかして欲しいからこそ、こうやって一人でやってきたのだろうということもわかる。
 だが、サリウスは大人だからこそ、リアの成長を促すために、信じて、黙って待つことを選択したのだ。

2014.08.15

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