066. 壁
外にいる者を拒否するように丈の高い壁。
「まずったよなぁ」
それを何気なく眺め、サリウス=ヴァン=デジレは深い溜息を吐く。
いつもの丁々発止の言い合いのはずだったのだ。
フェリアが「リア」として彼らと付き合っているのが、息抜きだと、そうすることで均衡を保っていることは気づいていたのに、うっかりと指摘してしまったのだ。
由緒正しきお嬢様には、俺らのことはわからんかもしれんがなっ!
「由緒正しきお嬢様」。
そう言った途端、フェリアの顔から表情が消えた。
「知ってたの? おっちゃん……知ってたんだ」
フェリア=トレスタ=サンモーガン。
国の重鎮であるサンモーガン郷の孫。王家の血筋を色濃く受け継ぐ証である青銀の髪をした少女。
彼が弁解するよりも早く、彼女は娼館を出て行ってしまった。
そうして、二日と開けず訪ねて来ていたのに、もう七日も顔を見せない。
元々は国から飛び出して行き倒れていた彼を、剣の修行との引き替えに救ってくれた以来の付き合いだ。
森の中の荒ら屋住まいだったのを、娼館のボディーガードとして雇ってくれるよう口を利いてくれたのもリアだった。
もう四,五年の付き合いになるが、彼女の正体は早い内から知っていた。
だが、知られたくないという風だったので、黙っていた。
こまっしゃくれた口ぶりには苛立ちはしても慣れていたはずだったのに。
何度埋めてやろう、ぶちのめしてやろう、と思ったはずなのに、彼女が来ないと淋しくて溜まらない。
娼館の女たちにもせっつかれたのを口実に、こうしてサンモーガン邸にやってきたのだ。
「壁、かぁ」
未婚の母であったサンモーガン郷の一人娘の噂。
フェリアがどんな風に社交界で扱われているのかも知っていた。
母のため、祖父のためと耐えていたのも知っている。
だからこそ、彼女が自分で言ってくれるのを待つつもりだったのだが、言ってしまってすぐ自分の迂闊さに舌を咬みたくなった。
だが、言ってしまった言葉を取り消すことはできない。
サンモーガン邸の壁は、フェリアを護る壁であり、外界を拒絶する壁でもある。
「折角だから、壊せるもんなら壊してやりてぇしな」
意を決し、サリウスは身軽に壁を乗り越えた。
2012.01.28
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