065. 世界

「おっちゃんおっちゃんっ、聞いて、聞いてーっ」
 森の中にあるサリウスの掘っ立て小屋に着くなり、大声を上げるフェリアに、
「あんだよ」
 サリウスは不機嫌そうな顔を向ける。
 最近の彼女の話といえば、どこそこで誰かを「セーバイした」というものばかりだからだ。
「今日はねー、果物売りのおねーちゃんにからんでた、ちんぴらたちをやっつけたのーっ」
 案の定フェリアは得意そうに拳を振り上げる。
「……だーかーらーっ、いつもいつも勝てる相手とは限らないっつってんだろっ?」
 褒めてくれ、と言わんばかりの彼女に、サリウスは頭を抱える。
「だいじょーぶっ! おっちゃんとのシュギョーのセーカで相手の実力くらいはわかるから」
「そりゃ、そうかもしらんがよ」
「だってさ、だってさ。あたしが通りたいと思ってる道で、そいつらが悪いことしてたんだもん。その方が悪いと思うでしょ?」
 自分から喧嘩の種を拾っているわけではない、と言いたいらしいが、彼女の場合、まるで好んでそちらに行っているのではないかというほどの活躍ぶりだ。
「あのな、世界が自分のためだけにあると思ったら大間違いなんだぞ? 痛い目を見ない内に、正義感ぶるのはやめておけ。な?」
 大人の義務とばかりに諭すが、フェリアは大きな目を見開き、
「世界はあたしのためにあるんだよ」
 唇を尖らせて反論する。
「だって、あたしはあたしの生きたいように生きるんだもん。それをしなかったら、何のために生きているのかわからないじゃない」
「……う」
「生きてるのはあたしだし、もし誰かがあたしが生きてるのが面白くないからって、あたしに死ねって言ったって、あたしは死にたくないもん。あたしだって、あたしのことを嫌いだって思う人がいるくらいはわかってるよ。そーいうことがおっちゃんの言う「世界はあたしのためだけにあるわけじゃない」っていうことでしょ? でも、あたしはあたしだし、ジンセーはあたしのもんだもん。だったら、あたしの行動する世界は、あたしのものじゃないの?」
「……うぅっ」
「第一、あたしがしてることは、ひとさまのメーワクになることじゃないもん。そりゃね、メーワクをかけてるとか、悪いことしてるっていうのなら、それはだめだと思うよ。でも、ゼンリョーなみなさんはカンシャしてくれてるんだよ?」
「いや、それはそうなんだがな……だけどな……」
 フェリアは馬鹿だが本質的には賢く、その上口も達者だ。
 そして、子どもなだけに屁理屈の中にも反論しにくいものも入っている。
「ね? まちがってないでしょー?」
「だぁーっ、うるせぇうるせぇっ! 俺に対して、そういうこまっしゃくれた論理をしかけんじゃねぇーっ!」
「あー、オーボーだっ!」
「うるさいっ、俺は師匠だっ! 師匠の言うことは聞けぇっ!」
 願わくば、フェリアのような子どもが世界に数少ないことを願いつつ、サリウスはフェリアを放り投げた。

2006.06.22

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