057. 反発
昼近くになってから起きたサリウスが顔を洗おうと裏庭に出ると、
「随分とお早いお目覚めじゃあないさ」
上から小馬鹿にしたような女の声が降ってきた。
声の主を振り仰げば、彼が用心棒として雇われている娼館の稼ぎ頭マドレーヌ=ボダンが窓からしどけない寝間着姿を覗かせている。
「るっせぇーな。そういうお前だって似たようなもんだろうが」
「おお、怖。お嬢ちゃんが来ないからって、アタシに噛みつくこたぁないだろ?」
「っ」
図星を指されたサリウスが怯むと、マドレーヌは全てを見通したような、嫌な笑い声を残して部屋の中へと消えた。
「ちくしょーっ」
イライラとした気分で頭から水をかぶる。
おっちゃん、おっちゃんっ。
ねぇねぇ、サリウスっ。
毎日当たり前のように笑顔でまつわりついていたリアとフェリックの姿はない。
魔法を習うと言って、キャヴェリン=ハリエットの元へ通い始めたからだ。
全く来なくなったわけではなく、稽古をつける以外にも遊びに来たりはするのだが、こお数年、ほぼ毎日顔を合わせていたことを思えば喪失感は大きい。
「なぁーにが魔法だっ」
小さく毒づく。
おっちゃんも婆様のとこに遊びにおいでよ。
そうだよ、面白いよぉ。
「なぁーにが婆様だっ。どうせインチキ魔術師に決まってる」
別に魔法そのものを疑っているわけではない。ただ、リアとフェリックを取られたような気分を認めたくないだけなのだ。
そして、その八つ当たりの対象として、キャヴェリン=ハリエットをやり玉にあげているにすぎない。
「あぁっ、ったくよぉっ」
イライラとした気分を押し流そうとするかのように、再び頭から水をかぶるサリウスだった。
2005.10.31
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