051. ここだよな

「んじゃ、また明日ねぇ」
 今日も一日さんざん転ばせられたり、筋力をつけるための訓練をしていたとは思えない軽やかさでリアは帰って行く。
 剣を習いたいという気持ちは真剣でも、厳しい鍛錬には早晩音を上げると考えていたサリウスは、深々とため息を吐いた。
 すぐ諦めるだろうと思って、彼女の素性すら知らないままに一ヶ月。
 リアは確実に体力をつけてきているし、何よりも彼女を鍛えることが楽しみになってきている自分も自覚していた。
 必要以上に地味で辛い訓練にも文句を言うでもなく、全幅の信頼を置いてでもいるかのようについてくる。
 それがちゃんと成果となって見えるのだから、彼としてももっと高見を目指してみたくなるのだ。
「仕方ねぇーよな」
 剣の修行をさせる以上怪我とは無縁ではいられない。
 大きな怪我をさせるつもりはないが、万が一ということはあるし、生傷が絶えないことは当然だ。
 だからこそ、親に対して挨拶をするべきだろうと思うのだ。
 といっても、リア自身は自分の素性を決して明かそうとはしない。
 本人が言わないでいるものを無理に聞き出したり探り出すのもどうだろうかと思わないでもないのだが、どうにも謎が多すぎるのだ。
 彼女が持ってくる食べ物は、割と上等なものが多い。
 そして、彼女が着ている服も、質素ながらも良いものであり、言動から見ると下町の娘には思えない。
 故に尾行を決意したのだ。
 リアはサリウスがついてきているなどと欠片も考えていないのだろう、軽やかな足取りで下町を歩いて行く。
 仕事帰りの者たちや気の早い酔っぱらいなどで混み合う道だが、リアの鮮やかな青銀の髪は、恰好の目印となって見失う心配はなかった。
 そして、下町を抜け、商人達が住む大きな屋敷が建ち並ぶ一画も通り抜けてしまう。
「あ、あれ?」
 サリウスの予想としては「どこかの大店の妾の子」だったのだ。
 一瞬尾行に気づいていて、まこうとしているのかとも思ったが、リアからは警戒する雰囲気は微塵も感じられない。
 そのままついていくとリアは森の中に入ってしまう。
「おいおい。どこまで行くんだ?」
 まだ、バラクトの地理に疎い彼には、リアがどこを目指しているのかがわからない。
 そして、
「たっだいま〜」
「フェリアお嬢様、またこんな時間まで。旦那様たちが心配なさりますよ」
 リアの明るい声と、老人の声がした。
「だいじょーぶだよ。あぶないことしてないもんっ」
   嘘をつけ。
 内心で突っ込みながらも、サリウスは2人の気配が消えるのを待った。
 そして、ドアが閉まる音がして、声がした方へと歩いていく。
 目の前に現れたのは高い塀。
「おいおい」
 塀の向こうがわからないということは、どれだけの規模なのかも予想がつく。
 塀に沿って歩いても、なかなか塀が途切れない。
「……ここだよな……」
 いい加減うんざりしながらも正門らしきものの前に立ったサリウスは、唖然として呟いた。
 大きな門に掲げられた紋章はサンモーガン家のもの。
 バラクト国王の信頼篤く、有能であり人望もあるとされるアルバス=ディルム=サンモーガンの屋敷に違いなかった。

2005.10.02

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