050. 日常

「とりゃっ」
 これが止めとばかりに、クッションに力一杯けりを叩き込む。
 蹴り飛ばされたクッションが力無く床に落ちるのを見て、大きく息を吐き出す。
 いつもなら真っ赤になって小言を言うエラニーも、こんな日はわざと一人にしておいてくれるのか傍にはいない。
 こんな日、とは、母リディスに客が来た日である。
 表向きは病弱で滅多に外に出ないリディスと親交を深めるためとしているが、実際のところは口さがないお喋りとリディスに探りを入れ、嫌味を言うために他ならない。
 それというのも、フェリアには父親がいないからだ。
 死んだのでも、どこかに旅に出ているのでもない。
 誰も彼女の父がどこのどういう人物かを知らないのだ。
 下町に出入りしていると、それは決して珍しいことではないように思えるのだが、リディスは名門サンモーガン家の一人娘であり、母の行為は貴族としてあるまじきこと、不名誉なことのようだった。
 あてこするように遠回しにそのことについて触れ、あの手この手で父親のことを知ろうとする者は大勢いた。
 思い出したくもないのに勝手に蘇る客たちの会話に、フェリアは唇を噛みしめる。
 母のことも、祖父のことも嫌いではない。
 だが、この家には楽しさがなかった。
「ルビーに会いたいな……」
 もう夕刻。
 いくらなんでもこの時刻からの外出は許されないだろう。
 フェリアはため息とともに窓辺に寄った。
 フェリアでいるよりも、リアでいる方が楽しい。
 リアとしての毎日が日常であればよいのにと思う。
 だが、それが叶わぬ願いであることもわかっていた。
 リアとしての生活の方が非日常であり、貴族として枷のあるこの毎日こそがどんどん日常となっていくのであろうことを。
 フェリアはもう一度大きくため息を吐いた。

2005.09.28

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