044. 飛んだ

「どうせ無理だよっ! 飛べるわけないんだっ!」
 フェリックは怒りに任せて大声で叫んだ。
 毎日毎日魔法の修行。
「ぼくはリアみたいに、何でも出来るわけじゃないんだよっ!」
 一緒に修行しているフェリアは、剣や体術などと同じように魔法の分野でも、教えているキャベリン=ハリエットが目を見張るほどの才能を示していた。
 彼だって全く才能がないわけではなく、簡単な呪文はいくつか習得し、それに力を得て飛行呪文にも取りかかったのだ。
 だが、それは一向に効果を現さなかったのだ。
「毎日毎日馬鹿みたいにおんなじ呪文繰り返してさっ! どうせ出来ないに決まってるんだっ! リアに付き合わされるのはもう迷惑なんだよっ!」
 八つ当たりだった。
 自分でもわかっている。
 フェリアでさえ、数ヶ月かかっても習得できない呪文もあるのだ。
 だが、飛べるかもしれないという期待が大きかった分、苛立ちも募るのだ。
    まだ一ヶ月しか練習してないんだよ? 他の呪文だって時間かかったじゃない。
 いつものようにフェリアはそう言うと思った。
 艶やかな青銀の髪をかき上げ、柔らかそうな唇を尖らせて。
 だが、
「迷惑だった?」
 案に相違してフェリアは大きな目を哀しそうに見開いていた。
「……ごめんね、フェイ。あたし」
 尖るはずだった唇を噛み締め、フェリアは言葉を途切れさせる。
 そこで初めてフェリックは、彼女が何故魔法を習いたいと言い出したのかがわかった気がした。
 サリウスに剣を習ったのは友人であるルビー一家が背負った借金のためだった。
 決してフェリアはそのことを口にはしない。
「アクトーを蹴散らして、お金もいっぱいっ。いいことして、楽しめるなんてすごいでしょっ」
 と豪快に笑い飛ばしている。
 けれど、フェリアは結局そのお金を欠片も自分のために使った様子もないし、ため込んでいるわけでもない。
 そして、ルビー一家は借金を綺麗に清算し、彼女を娼館から受け出すことも出来ている。
 であれば、魔法を習いたいというのも色々と理由をこじつけてはいても、何か理由があってもおかしくないのだ。
 そして、その理由は飛びたいと願っていた彼のためではないか。
 そう思い至って、フェリックは胸が痛くなった。
 八つ当たりした自分が恥ずかしくてたまらなかった。
「……ごめん」
「フェイ?」
「上手く行かないのはリアのせいじゃないもんね。ごめんね」
  当たり前でしょっ。うまくいったら、あたしのお陰だけど、失敗したら全部フェイのせーなんだよ?」
 なんと言えばいいかわからず、とりあえず謝る彼に、フェリアは一瞬戸惑った表情を浮かべ、そしていつもの小生意気な口調で言った。
 それは自分の気持ちを隠すため、彼に対して気を遣っているため。
「何で悪くいったことは全部ぼくのせーなのさっ」
「こないだおやつ盗ったのバレたのは、フェイがぼろぼろ零したからでしょっ」
「リアだって、クッキー落としたじゃないかっ」
「違うもんっ。あれは蟻さんにあげたんだもんっ」
 その優しさで、こうして気まずさを感じることなく言い合える。
 フェリックは改めて決意する。
 フェリアのためにも飛びたい、と。
 飛んだ、と言えるように魔法を使いたい、と。

2005.09.07

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