041. 眠い
「あふ」
「 エドガー様っ」
あくびをした途端、乳兄弟であり教育係でもあるギアから拳骨が飛んでくる。
ディーエフ国は風光明媚な観光の地であり、めっきり春めいてきたこの季節、気候も申し分ない。
そんなときに勉強をしろという方が無理なのだ。
エドガーは恨みがましい目をギアに向け、
「あのな、ギア。んなにぼこぼこ殴ったら、頭が変形したり、悪くなったりするって言ってんだろっ」
「毎度毎度代わり映えせぬご指摘に、毎度毎度の芸のない返答を返させていただきますが、それ以上悪くなりようがない頭に刺激を加えるのはショック療法として有効でしょうし、何より少しくらい変形した方が悪さができなくて良いのではありませんか?」
「おまえ生意気だぞっ」
ギアの方が頭も良く優秀なのは自他共に認めるところではあるが、エドガーは一国の王子である。
彼を使用人として扱うつもりはないが、同い年の人間にこうもつけつけと言われて面白いはずがない。
「しょうがないじゃないですか。エドガー様が片っ端から教育係をお払い箱にしたりするから、私に回ってきたんですよ」
「追い払い箱って言うけどな、18歳の俺やお前に剣で負ける教育係じゃしょうがないだろう?」
「女の先生を次々と誑し込むのもしょうがないんですか?」
「向こうが教えてくれるっていうのを拒んだら失礼だろう? レディに恥をかかせろって言うのか?」
ギアはあきれたようにため息をつき、
「 まぁ、ふしだらな雌猫どもはともかく、そこら辺のご令嬢に手を出すのは感心しませんね」
「俺の前で手折ってくれといわんばかりに科を作る方が悪いっ」
力一杯断言すると、処置なしとばかりにギアは本を閉じる。
「後で跡目争いが勃発しても助けませんからね」
「面白いじゃねぇーか」
門前で大勢の母子が我こそはと名乗りを上げる様子を想像し、エドガーはしのび笑う。
「貴方の退屈しのぎに迷惑するのは民たちなんですよ。この国の跡継ぎとしての自覚まで忘れないでください」
彼が言うことはいつも正論だ。
正論が悪いとは言わないが、面白みがなく退屈でたまらないのだ。
「 眠い」
「……また夜遊びしたんですか?」
真っ当な世の中は動きがなく、波のない水の上に浮かんで漂っているようなものだ。いつの間にか眠ってしまって、そのまま息絶えたことにも気づかないかもしれないと思える。
自分が眠って 死んでいる わけではないことを確かめるように浮かれ騒いでも、忍び寄る器具を振り払うことはできない。
だが、彼の不安は、彼にもっとも近いギアですらわからない。
そして、おそらく言っても理解はされないだろう。
呆れかえったようなギアに笑って見せ、エドガーは仕方なく本を開いた。
2005.08.24
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