040. どきどき

「きゃーっ、もぉっ、ルビーったら、真っ赤になってかぁーわいいぃっ!」
 いつものようにフェリアが娼館に遊びに行くと、中から甲高い笑い声が聞こえてきた。
「こんちはっ」
 挨拶をしながらドアを開けると、中では友人のルビーが耳まで赤くして、ここで働く女たちに囲まれている。
「あ、リアっ! よく来たわねぇっ。聞いて聞いてっ」
「クレミー姉さんっ」
 ルビーが慌てたように声を上げるが、彼女は構わずフェリアの前に来ると、
「ルビーったら恋文もらってんのよぉっ」
 と、嬉しそうに笑う。
「ち、違うもんっ」
「何言ってんのよぉ。  あの、これ」
 力一杯否定するルビーだがクレミーは不意に真剣な表情をし、手にした何かを差し出す素振りをする。
「……あ、あの……」
 傍にいたジャネットが戸惑ったように、羞じらいながらもそれを受け取る風を装う。
 そして、その場にいる者たちは一斉に、
「いやーっ、なんちゃって、なんちゃってぇっ」
「いいわねぇっ、若いってっ」
「アタシもそんなときがあったわぁっっ」
 再び蜂の巣をつついたように騒ぎ出す。
「た、楽しそーだね」
 肩の上でフェリックが呆然としたように言うのに、
「そ、そだね」
 さすがのフェリアも毒気に当てられたような気分で気の抜けた返事をする。
「何よっ」
 すると、それを聞き咎めたのか、勢い込んだ様子でジャネットが彼女の方へ指を突きつける。
「あんただって恋文くらいもらったことあんでしょ?」
「ないよ」
「え?」
「嘘っ?」
 今までルビーをからかっていた女たちは一斉にフェリアの方へと詰め寄ってくる。
「本当だよぉ。リアがもらうのは挑戦状とか脅迫状の類ばっかだもん」
「うん」
 フェリックの言葉は正しいので、フェリアも頷く。
「……なるほどね。あんたはまだまだお子ちゃまなのね」
「だって、あたしはまだ11歳だよ?」
 女たちの言うことがわからず、首を傾げると、
「年は関係ないのよっ。こう、胸がときめく、乙女心」
「嬉し恥ずかし、乙女心」
「ときめくって?」
 口々にまくし立てる彼女たちに圧倒されながらも、フェリアは尋ねる。
「ま、簡単に言うと”どきどき”するってことよ」
 イザベルのきれいにマニキュアが塗られた長い爪がフェリアの胸をつつく。
「どきどきしたことくらいはあるでしょ?」
「うん。いっぱいある。おやつ盗りに行くときとかいたずらがばれそうなときとか」
「ちっがぁーうっっ」
 女たちの声が見事に重なるのに圧されながら、今感じている「どきどき」と彼女たちの言う「どきどき」がどう違うのか、まだわからぬフェリアだった。

2005.08.23

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