036. 小包

 ジョゼフィはドアの前で深呼吸をする。
 手の中には小さな包み。
 数ヶ月前から悩みに悩んで、選びに選び抜いた髪飾りが入っている。
 だが、深呼吸は途中から溜息に変わり、気張っていた肩から力が抜ける。
「ったくぅ……おれは何やってんだか……」
 そこへ、
「あれ? バームさん」
 ドアが開き、目当てのルビー=ブライスが顔を出した。
「あっ、や、やぁっ、ルビー」
 心の準備もなく、ジョゼフィの声は上ずってしまう。
「どうしたんですか? 今日はローゼンフェルトさんもまだいらっしゃってないですよ?」
「あ、いや……そ、そうじゃなくて」
 今、彼が従っているランス=ローゼンフェルトは何故かこの娼館に出入りしている。
 といっても、別に女を買うわけではなく、リアという少女と一緒にお茶をしたり、お喋りをしたりしているだけなのだが。
 ただ、そのお陰で彼はルビーと知り合うことが出来たとも言える。
 ルビーはしどろもどろの彼に小首を傾げる。
 彼女もここに住んでいるというわけではないのだが、下働きとして台所仕事などを手伝っているのだ。
 大きな瞳が彼を見つめるのが、更に鼓動を早める。
  そ、そのっ、こ、これをっ」
 練習した科白や仕草などは全て吹っ飛んでいた。
 勢いに任せるようにジョゼフィは手にした小包を、ルビーに突き出す。
 ルビーはしばし、彼と包みを凝視し、
「あぁ、リアに渡せばいいんですか?」
 にこやかに、嬉しそうに言った。
「え? あ、いや……ち」
 予想もしない反応に焦るが、
「リアもまだ来てないんです。来たら渡しておきますね」
 ルビーはそんな彼の態度を不思議がるでもなく、優しい笑顔を浮かべる。
「そ、そーじゃ」
「じゃ、あたし、水くみの仕事がありますから」
 何とか否定しようとしたが、ルビーは笑顔のまま出て行ってしまい、
「はうぅ……」
 ジョゼフィはその場にしゃがみ込むしかなかった。


 数日後、傷心の彼の元にやってきたリアは、
「ばっかじゃないの?」
 と小包を彼に投げつけて返してきた。
「ルビーに渡したかったらちゃんとそういえばいいじゃない。ばーかばーか」
「ばかばか言うなぁっっ」
 自分でも意気地がないとは思うが、自分よりも年下の少女にこうもあからさまに言われると、傷つき具合もひとしおである。
「今度はちゃんとルビーに渡しなさいよねっ」
 リアは落ち込んだ彼に叩きつけるように言うと、銀髪をかき上げ、颯爽と去って行く。
「渡せるなら、渡してるっつーの」
 ジョゼフィは溜息混じりに手の中の包みを眺める。
 手元に戻ってきてしまった小包が、他人につけ込まれる自分の弱さを象徴しているようで、ジョゼフィはもう一度大きく溜息を吐いたのだった。

2005.08.11

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