032. 夢なのか?

「おっちゃ〜ん、おはよーっっ」
 今朝も問答無用にフェリアの声が響く。
 一応自己紹介はしたものの、彼女に「サリウス=ヴァン=デジレ」の名が持つ意味など痛痒もせず、「おっちゃん」呼ばわりされている。
 そして、またサリウス自身、訂正する気力もさせようという気持ちも萎えていた。
    おっちゃんはおっちゃんでしょ?
 と言われてしまえば、そうではないと説得力のある説明をすることも出来ない以上「ま、いっか」という風になってしまうのだ。
「はい、朝ご飯」
「おう、すまねぇーな」
 それに、今現在職もなければ所持金もないという情けない状態では、フェリアからの差し入れは涙が出るほどありがたいのだ。
「ねぇねぇ、おっちゃん、いつになったら剣教えてくれんの?」
「んが?」
 口いっぱいに頬張ったパンを飲み込み、真剣な眼差しを見返す。
「何で、んなに剣を習いたいんだ?」
 行き倒れていた彼に食べ物を恵む交換条件として持ち出され、そのときは二つ返事で了承したのだが疑問は残る。
「何でって、教えてくれるって約束したじゃない」
「いや、だから、教えないとは言ってないだろ?」
「むぅっ」
 眉を寄せ、口を尖らせる様子さえも可愛らしいと言えるし、着ているものや立ち居振る舞いからも良家の子女だと思える。
 何よりも青銀の髪をしていることを思えば、かなりの大貴族なのだろう。
 そんな彼女が1人、こんな森の中をうろついているのも不思議と言えば不思議なのだが。
「んとね、嫌なヤツを蹴散らして、お金を巻き上げるのっ」
「は?」
「嫌なヤツ倒すと気持ちいいでしょっ。あたしねっ、嫌なヤツを倒して高笑いするのっ」
 満面の笑み。
「えーっとな、それは……将来の夢とかってやつなのか?」
「うんっ」
「……腐った夢だな」
「どーして? おっちゃんの夢の方が腐ってるじゃない」
「あ?」
「どーせ、美味しいものお腹いっぱい食べて、お金たくさん拾って、んでもってきれーなおねーちゃんと一緒にいたいってもんでしょ」
「うっ」
 否定しきれずに、サリウスは呻く。
「ほらね、図星」
「うるさしっ」
 素早く指でおでこを弾くと、
「……すごぉーい。早くてわかんなかったよぉ」
 フェリアは目を丸くして感心する。
「あのな」
 痛がるよりも、腹を立てるよりも先に感心されてしまうと、これ以上何も言う気になれなくなる。
「わぁーったよ……そうだな……どっかでこんくらいの長さの木の枝めっけてこい」
「こんくらい?」
 フェリアの背丈にちょうど良いくらいの高さを示すと、彼女は真剣に頷いて大急ぎで森の中へと走って行った。
「……ったく。とんでもないヤツに見込まれちまったな」
 彼女が語ったことは真実ではないだろう。
 なぜなら彼女の目は真剣だったからだ。切実に剣を振るうことを望んでいるように見えた。
 一生弟子など取るつもりはないと決めていた彼をその気にさせるだけのものがあった。
 手にした枝のしなやかさを確認し、切り取る。
「……弟子を取る、かぁ」
 呟いてみて考える。
 弟子を取るつもりがなかったのではない。全てを注ぎ込める者を捜していたのだ、と。
「嬢ちゃんが俺の夢なのか?」
「おっちゃーんっ、これでいい〜っ?」
 枝を振り回しながら、駆け戻ってくるフェリアを眺め、
「そうだな……そうかもしんねぇな」
 サリウスは1人笑った。

2005.07.23

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