031. 去年
本棚から本を抜き出し、ヴァイスは思わず微笑んだ。
近頃踏み台を使うことも減ったし、梯子を使えば手が届かない本はなくなったからだ。
「ヴァイス、1人でにやけて変だよ?」
「べ、別ににやけてませんよっ」
いつの間にか傍に来ていたフェリアの指摘に、焦って表情を改めようとするがうまく行かず頬が紅潮するのがわかる。
「変なのぉ。何考えてたの?」
フェリアは意地の悪い笑みを浮かべ、彼の顔をのぞき込む。
「こ、この本をどこに置くかを考えてただけですってばっ。フェリアお嬢様こそ、ぼくなんか見てないでちゃんと働いてくださいよ」
「ちゃんとしてるもん」
フェリアは唇を尖らせ、そっぽを向く。
先日もダンスの練習をサボって遊びに出かけたため、罰として図書室の整理を銘じられたのだ。
で、そのとばっちりを受けて、彼も手伝っているというわけだ。
「成人の儀ではダンスがあるんですよ、踊れなかったら恥ずかしいでしょうに」
「まだまだ先の話じゃない。それに、どうせ誰も誘いやしないわよ」
そう言って、フェリアは本の整理を再開する。
とはいえ、もうすぐ17歳になるフェリアは本当に綺麗になったと思う。
見慣れているはずのヴァイスでさえ、さきほどのように至近距離に近づかれると鼓動が早くなるほどに。
もっとも、内面を知っているし、分をわきまえているのでそれ以上の感情に発展はしないのだが。
他の貴族の子女たちは結婚だのを考えるような年になりつつあるというのに、フェリアは同じように抜け出しては、お小言を喰らい、たまに罰を受けている。
そして、彼も同じように手伝わされている。
もっとも罰を出すサンモーガン卿も彼が手伝うのを見越して言いつけているようなものだから、何とも言えないのだが。
「ねぇ、ヴァイス、この本はどこに置けばいいの?」
「あぁ、この本はですね」
言いかけて、いつも見上げていたフェリアの顔が同じ位置にあることに、今更ながらに気付く。
男の子の方が成長が遅いけど、あっという間に追い抜いちゃうわよ。
母の言葉が脳裏をよぎる。
「ヴァイス?」
「あ、いえ。これは」
不審そうに声をかけられ、我に返る。
いつの間にか彼も成長しているのだ。
いつまでも、同じようにはいられない。
フェリアに振り回されてばかりもいなくなるだろう。
今度こそ、きっぱりと「罰なのだから、お一人でどうぞ」と言えるようになるだろう。
それが嬉しくて、一人前に近づいた気がして、ヴァイスは張り切って図書室の整理を手伝った。
夜。
ヴァイスは日記をつけるべく、ノートを開く。
父に勧められて、彼はノートを区切って5年分を一ページにつけておくようにしていた。
そして、去年の今日の部分で、
一人前になったら、フェリアお嬢様の手伝いはしないっ。
と殴り書きのように書いてあるのを見付け、
「はうぅ……全然成長してないじゃないか……」
哀しくなるヴァイスだった。
2005.07.23
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