027. 素肌

 バラクト国の妃ベアトリスは窓枠に身を寄せた。
 下では夫であるバラクト王ジェラルドと彼の腹心であるランス=ローゼンフェルトが出かけていくところだった。
 我知らず己の身体を抱くように組んだ腕に力がこもる。
 彼女が嫁いでから8年。
 2人の間には王女イレイザも生まれ、もうすぐ7歳になる。
 だが、嫁いだときからジェラルドの関心は薄かった。
 いや、全くなかったと言っていいだろう。
 どのような王子なのか、結婚生活とはどのようなものなのか、結婚前に抱いたような甘い夢が介在する余地は微塵もなかった。
 子どもが生まれれば何かが変わるかも、と思った。
 彼女を知ってもらえば、何かが変わるかもしれないと思っていた。
 しかし、そんなことは全く起きなかった。
 娘が生まれようと、彼女が妻として振る舞おうとしても、全ておざなりな反応しか返っては来なかった。
 だから、彼女は妻として、妃としての矜持を守るために高慢であるしかなかった。
 どんなに歩み寄ろうとしても、ジェラルドの側に彼女を見るつもりがないのだ。
 今出かけるときに見せる笑顔を彼は妻である彼女に、娘であるイレイザに向けたことなどなかった。
 最初から政略結婚だと割り切っていれば、ベアトリスとてこれほど憎く思わなかった。
 けれども、まだ彼女は結婚に夢を持っていたのである。
 かいま見た王子に胸をときめかせていたのだ。
 素肌を触れあわせたとしても、心が触れ合うことはない。
 そして、素肌を触れ合わせる立場であったからこそ、尚更口惜しくジェラルドへの憎しみがいや増す。
 なまじ妻として、妃としての地位があるだけに、ジェラルドを正面切って罵れぬ分感情は内にこもっていった。
「引き裂いてやる……いつか」
 ジェラルドと、ジェラルドの愛する者を。
 ジェラルドが触れただろう肌を引き裂く様を想像し、愉悦の表情を浮かべながらベアトリスは窓から離れた。

2005.07.09

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