025. 強弱

「フェイっ」
 滅多にないフェリアの緊張した声に気付いたときには、フェリックは大きな手に握りしめられていた。
「さ、サリウスぅっ? な、何すんのさ……っっ」
 突然のことに驚いたが、笑いかける彼を無視し、サリウスの手は容赦なく彼を締め上げる。
 妖精の彼など、人間の男であるサリウスには簡単に捻り潰してしまえるだろう。
「おっちゃんっ、フェイを放してよっ」
 彼の本気を感じ取っているのか、フェリアの声にも焦りが滲む。
 それが怖かった。
 あのフェリアが焦っていることが怖かった。
 フェリアとサリウスは、いつも通り稽古をしていたはずだった。
 近頃の彼女は本当に強くなって、サリウス側に制約があるものの互角に戦えるようになりつつあった。
 それをサリウスも喜んでいたはずだ。何故急にこんなことになったのかがわからない。
「おっと、動くなよ、嬢ちゃん」
「っ」
 フェリアが息を呑む音が聞こえる。
 動けば、彼を潰すという言外の脅しを察したのだろう。
 フェリック自身、怖くて抵抗も出来ない。
「さて、嬢ちゃん。剣を捨ててもらおうか」
 フェリアは手にした剣を躊躇いもなく、サリウスの前に放り投げる。
 サリウスはゆっくりと己の剣を、フェリアの白く細い首へと向けた。
「や、やめてよっ。サリウスっ、冗談はいい加減にやめてよっ」
  そうだな」
 あまりに明るい声と同時に不意に力が弛み、フェリックは茫然とサリウスを眺める。
 そんな彼を載せた掌をゆっくりとフェリアに差し出す。
 フェリアは慌てたように彼を受け取った。
 その手が細かく震えていることに気付いて、フェリックはさらに驚いた。
 それが彼女がどれだけ彼を心配してくれていたかの証明だからだ。
「冗談にしちゃ酷すぎるよ、サリウスっ」
 フェリアの気持ちが嬉しくて、フェリアを不安にさせたことが腹立たしくて、フェリックは抗議した。
「冗談? これは、起こりうる現実だぞ?」
 だが、サリウスの返答は冷ややかだった。
「嬢ちゃんは強くなった。これからも、強くなるだろう。けれど、強さをひけらかせば、必ず他人は弱点を捜す。そして、間違いなく嬢ちゃんの弱点はお前さんだ、フェイ」
「っ」
 フェリックは大きく息を呑んだ。
「な、そ、そんな」
「お前さん、自分で自分の身護れんだろ? その上嬢ちゃんは自分が強いことを隠さない。それじゃあ、ダメなんだよ」
 口調は優しいが、語るサリウスの目は厳しかった。
 そして、苦しいほどに真実だ。
 彼は人間の中で自分の身を護る術を持たない。
 飛んで逃げることも出来ず、ましてや人間にダメージを与えるようなことも出来ない。
 そして、フェリアは躊躇うことなく武器を捨てた。
「さっきも言ったけどな、強い奴、賢い奴を相手にするときに、人間ってのは弱いところを捜す。相手を上回るために色々考える。だから、強いことを隠すことも必要だ」
 フェリアは食い入るようにサリウスを見つめている。
「切り札ってのは隠すもんだよ」
 そんな彼女に唐突なまでに笑ってみせると、サリウスは思い切り指で彼女の額を弾いた。
 フェリアは強く、フェリックは弱い。
 それは厳然たる事実だ。
 フェリックは今までないがしろにしていた魔法の修行をもっと身を入れてやろうと決意した。
 フェリアを護れるほど強くなるのは無理かもしれない。それでも、足手まといになるならば死んだ方がましだった。
 いつになく真剣に考え込む2人をサリウスは満足そうに眺めていることに、フェリックは気付かなかった。

2005.06.27

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