023. 森

 そこは不思議な空間だった。
 光源もなく、開けているようにも思えない。四方は闇。
 なのに、そこだけは月光に照らし出されでもしているかの如く仄明るかった。
 そこには木が集まっていた。
 うっすらと青白い燐光を放っている木が。
 青年は乾いた足音を立てながら、葉さえない一見枯れているかのごとき木々の間を歩いていく。
 彼が通ると、風もないのに木々が枝を揺らす、まるで挨拶をしているかのように。
 彼はまっすぐに木々の中心へとやってきた。
 そこには一際大きな巨木が闇へと枝を伸ばしている。
「何処へ行っていたの?」
 巨木の軋みが、思いがけぬ柔らかい、たおやかな声となって降ってくる。
 彼は満面の笑みを浮かべた。
 子どもが母親に己の功績を誇るかのように。
「地上へ行ってきたのさ」
「その割には今回は随分早く戻ってきたのね」
「予言をしに行ってきただけだからね」
  何故?」  声に含まれた驚きの響きが伝播したかのように、他の木々もざわめく。
「何故?」
「何故?」
「何故?」
 空間は木々の驚きと、哀しみと、焦りに満ちていく。
「退屈だったからだよ。君だってじっと待っているのはつまらないだろ、マーチャー」
 青年の端正な顔に、皮肉げな笑みが浮かぶ。
 そして、彼はゆっくりと手を広げ、芝居がかった仕草で腰を屈めて一礼すると、
「バラクト王の子は世界を統一するだろう」
 厳かな表情と、朗々たる声で言った。
「どうして、そんなことを」
「ここが好きだからさ」
 感情のこもらない声で言うと、彼は身体を回転させ木々を見回した。
「ここが大好きだからさ」
 調子の外れた笑い声が木霊する。
 そして、彼が掌を上に向けると目映い魔法の光が打ち出された。
 空間が照らし出される。
 木々が恐れおののくように枝を震わせる。
 残る数十の木々がざわめき、まるで身を隠そうとするかのように揺れる。
 そして、周囲には枯れ、倒れた木々が無数に散らばっていた。
「この森が大好きだからだよっ」
 そう叫ぶと彼は頭をそらせ、大声で笑い続けた。

2005.06.09

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