013. コンタクトレンズ


「ねぇねぇ、婆様、これ何に使うの?」
 フェリアは半透明な硝子の板を磨きながら、魔法の師匠であるキャヴェリン=ハリエットに訊ねた。
 ここ数日彼女はハリエットが調合した薬品を染み込ませた布で、硝子磨きを続けさせられていたのだ。
「そうさねぇ、何て言えばいいんだろう。ワシも実際に成功させたこたぁないんだがね」
 ハリエットは白髪頭を振りながら、ゆっくりと話し出す。
「ここにいながらにして、別の場所にいる人間の姿を映し出すってぇものを作ろうってのさ」
「すいしょーだま占いみたいなもの?」
「似てるが違うね。水晶玉占いってのは、使い手にしか見えないだろ?」
「うんうん。それに才能も必要なんだよね?」
「今ワシが再現しようと思ってるのはね、この板を持つ者同士自由に会話できるって代物なのさ」
「んっと……じゃあ、たとえばあたしが家にいてもここにいる婆様とお話出来るってこと?」
「その通りじゃ」
 フェリアの答えに満足そうにハリエットは頷く。
「すごーいっ。それってすごいことだねぇ、婆様」
 別の場所にいる者同士が面と向かって話しているのと同じように会話が出来る。
 それが実現すれば、遠くにいる親戚と連絡することも出来るしや旅人の安全確認も出来るだろう。
「でも、どーしてそんな便利なものがきちんと作られてないの?」
「それはだな、作り方が難しいからじゃろ。今おぬしが一所懸命に磨いておるが、それとて成功するかわからん」
「えぇ……そんなに難しいのぉ?」
 この硝子磨きが嫌なわけではないが、失敗して当たり前のものを作るというのが、フェリアにはまだ難しかった。
 何かが出来るから、作るのだという定義付けが強いのだ。
「ま、以前に誰かが成功しておればもっと普及しておるだろうがな」
「ふきゅー?」
「誰でも簡単に手にはいるということじゃな」
「ふーん。そうだったら」
 フェリアは不意に口を噤む。
 そういうものがあれば、母は父と好きなときに会話が出来たのだろうか。
「どうした?」
「ううん、何でもない。あのね、これ名前は何て言うの?」
連絡(コンタクト)レンズと呼ばれるもんじゃな」
連絡(コンタクト)、かぁ」
 死んだ母の淋しげな面影をぬぐい去るように、フェリアは再び一心に硝子板を磨き始めるのだった。

2005.04.22 inserted by FC2 system