012. 音楽
風に乗って流れてきた旋律に、フェリックは耳をそばだてた。
それは、彼の一族が祭りのときに奏でる音楽に似ていたからだ。
しばし懐かしい思いに浸る。
人間から見れば小人族に分類される彼は、薄羽族の一人だ。
森の中で自然の恵みに感謝し、森に住むものたちと力を合わせて暮らしてきた一族。
だが、歴とした薄羽族であり、皆と同じように背に透き通った翅がありながら、飛べない彼にとって里での生活は困難の連続だった。
まず木の上で集落を作っているため、移動一つとっても命がけとなる。
そして周囲の目。
いられなくなったのは、こちらの方が大きかった。
子ども同士では単にからかいや揶揄で済んだが、大人たちはもっと悪意ある憶測等を両親に対してもしていたようだった。
飛べないのは生まれつきであって、誰のせいでもないはずなのに。
だが、そのせいで彼の家族が少しずつ壊れていったのは事実だ。
懐かしさに苦い思いが混じったとき、フェリアの笑い声が聞こえた。
美しい、楽器の響きに似た笑い声。
どうしようもないほど横紙破りな性格なのに、その容姿麗しい上に声まで耳に心地よく音楽的というのが曲者だ。
また娼婦たちとのお喋りに興じているのだろう。
つい耳を傾けてしまった自分を戒めるために、フェリックは頭を振る。
先月フェリアは何を思ったのか、剣の師匠であるサリウス=ヴァン=デジレを巻き込んで、この娼館の用心棒を買って出たのだ。
先にいた男の評判は芳しいものではなく、フェリアとサリウスは大歓迎されている。
彼女と暮らし始めて一年とちょっと。
意外にも2人の境遇は似ていた。
フェリアには父親がいない。
いや、もちろんいるにはいるのだが、誰かがわからないのだ。
そのことをあげつらう輩は多く、フェリアは周囲の悪意と冷たい目に生まれたときからさらされていた。
そして、祖父と死んだ母親のために、今も口答えをせず沈黙を守っているのだ。
もっとも似たような状況にありながらフェリックが自分の殻に閉じこもり、上っ面だけを取り繕っていたのに対し、彼女は自分というものをきちんと主張するし、自分が可哀想と哀れんでばかりいた彼とは全く違う。毎日を自分なりに楽しくすごそうとしている。
「フェイーっ、おっちゃんがアイス奢ってくれるってー」
不意に大きな声が響く。
「そんな大声出さなくたって聞こえるよ」
木の葉の間から顔を覗かせると、フェリアは「ビシッ」とばかりに指を突きつけ、
「そーゆー可愛くないこと言うと、置いてくよ。フェイに分けてあげないから」
と意地悪く笑う。
彼が甘いモノに目がないのを知っているからだ。
「う。ま、待ってよっ。今行くってばっ」
慌てて今まで座っていた木の枝から滑り降りる。
今彼の生活はフェリアに振り回されていると言って良い。
だが、それは決して嫌なことではなくなりつつあった。
彼女に対して自己主張するのは楽しかった。
そこには否定も悪意もないからだ。
自分を楽士に例えるならば、里には彼の席も楽器もなかった。
それどころか観客であることさえも認められなかった。
だが、今は彼も自分という音楽を奏でられるのだ。
フェリアの奏でる心地よい主旋律と共に、彼の旋律を奏でることができるのだ。
ここで一つの音楽を 生き方を見付けられたら、フェリックは例え飛ぶことができなくても、胸を張って故郷に帰ることができるかもしれない。
そんなことを漠然と考えながら、差し出された白い掌に飛び乗った。
2005.04.20
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