011. 答え
エラニーに髪の毛を梳かれながら、フェリアは鏡の中の仏頂面と睨み合う。
「何でおめかししなきゃなんないの?」
上等なワンピースの裾をつまみ唇を尖らせる彼女に、
「お客様が 国王陛下がいらっしゃるからですよ」
艶やかな青銀の髪を結い上げ、エラニーは誇らしげに答える。
バラクト王ジェラルドは祖父を篤く信頼しているらしく、たまに屋敷にやってくる。
珍しい舶来物の菓子や人形、アクセサリーなどお土産を持って来る。
ものをもらえば嬉しいが、祖父に会いに来ているだろうに必ずフェリアも同席しなければならないのが面倒くさい。
何しろ喋ることもままならず、欠伸を押し殺して座っていなければならないだけなのだから。
それに、自分と同じ髪 青銀の髪を見るのは不思議な気もした。
もっとも彼の方が正当な血筋なのだが。
澄まして座り、上品に振る舞うのは苦手だった。
「陛下がおいであそばされるなんて、光栄なことなのですよ」
「わかってる」
だが、ジェラルドは知らないに違いない。
彼が来ることが死んだ母リディスを攻撃する口実を口さがない連中に与えているということを。
上品ぶった顔で、金のかかった扇子の陰で連中は言うのだ。
さすがはどこの馬の骨とも知れぬ輩の子を産んだあばずれだけはある。国王陛下にまで色目を使う。
と。
「では」
「お上品に、おしとやかに、黙って座ってる」
「 その通りです」
エラニーの言葉を先取りすると、彼女は苦笑しながら頷いた。
彼女が「お上品に、おしとやかに、黙って座って」いたのは、母リディスのために他ならない。
彼女が何かやらかせば、それが母を口撃する材料になるのだから。
もっとも、「覇気がない」だの「暗い」だのと静かにしていればいたで言われてはいるが。
いつもはフェリックが一緒なのだが、国王の前に彼を連れて来てはいけないと祖父に言われているので仕方がない。
祖父は口うるさいが、理にかなったことを言うし、何よりもフェリアは祖父が大好きだから、いつも一緒にいるのが当たり前なのだ、という理由で連れていく気にはなれなかった。
それほど待つこともなく、ジェラルドがやって来る。
母の葬儀のとき以来だから久しぶりとも言えるが、国王が臣下の家をわざわざ訪れるということがどのくらいの頻度で行われているのかがわからないフェリアには何とも言えなかった。
「やぁ、フェリア。久しぶりだね……その……元気、だったかな?」
「はい、国王陛下。ありがとうございます」
ジェラルドは母の死を本当に悼んでくれていたと思う。
そして、フェリアの感情を慮ってくれているとも思う。
だから、素直に礼を述べると、ジェラルドはほっとしたように笑みを洩らした。
「あぁ、これはお土産だよ」
「ありがとうございます」
綺麗な桃色の箱の中身は恐らくチョコレートだろう。フェリックやヴァイスも喜ぶと思うと嬉しかった。
祖父とジェラルドが会話しているのを、ソファに腰掛けて黙って聞いていると、
「その、フェリア」
「はい」
不意にジェラルドが声をかけてきた。
「フェリアは、その……父親に会いたいとは思うかい?」
思いも寄らない質問にフェリアは目を見開く。
「あぁ……いや……すまない。すぐに答えられる質問じゃあないな」
ジェラルドは苦笑するが、
「会いたくありません」
フェリアは即答した。
「え?」
「だって」
「フェリアっ」
理由を述べようとしたフェリアを祖父の声が止める。
「フェリア、部屋に戻ってなさい」
「 はい」
「いや、アルバス。私はフェリアが会いたくないという理由が知りたい」
部屋を出ようとしていたフェリアは困って祖父とジェラルドの顔を見比べる。
「陛下」
「話してくれないかな、フェリア」
「でも」
「 お話しなさい」
祖父が頷いたので、フェリアはジェラルドを見つめる。
「会いたかったのは母様で、あたしじゃないからです。あたしには父様はいません。会ったことないし、最初からいなかったもん。それに、父様が母様やあたしを大事にしてくれてたんなら、母様が死ぬ前に逢いに来たに決まってる。母様のことはどうかわからないけれど、あたしのことなんかどうでもいいんだと思う。だって、一辺も逢いに来たことないじゃないっ」
話している内に涙が出そうになって、フェリアは必死に堪える。
「だから、あたしも逢わないっ」
リディスはいつも父親を褒めていた。
優しい人だと、素晴らしい人だと。
フェリアが生まれたときも、本当に心から喜んでくれたのだと。
どうしようもない事情があって誰かは言えないけれど、いつもフェリアのことを考えているはずだと。
だが、フェリアには信じられなかった。
「そう……か。そうだな。 酷い男だものな」
ジェラルドは哀しそうに頷き、
「辛いことを訊いてすまなかったね」
大きな手でフェリアの頭を撫でてくれる。
その温かさにフェリアは泣いてしまいそうになる。
「あの、行ってもいいですか? これ、友だちと分けたいんです」
「ああ、いいよ」
「失礼します」
礼儀正しく部屋を出、ドアを閉めるとフェリアは自分の部屋へと駆け出した。
だから、
「 あれが、あの子の答えなんだな」
「陛下。あれは何もわかっていないのです。何も知らせていないのですから」
「だが、正しい」
ジェラルドとアルバスの会話も、2人の表情も知ることはなかった。
2005.04.19
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