010. 間に合わない


「無理だったのね」
 リディスは夜遅く疲れ切った様子で部屋に入ってきた父の顔を見てすぐに悟った。
 父アルバスは、彼女の最後の願いを叶えるべく出掛けていたのだ。
「すまない。まだお帰りにならないようだ」
アルバスは苦しそうに頬を歪め、彼女と目を合わせようとしない。
「仕方ありませんわ。あの方はわたくし一人のものではないのですもの」
「だが」
「逢えないからといってあの方の気持ちを疑うなんてことないわ。もちろん、わたくしの気持ちも変わらない」
 傍のソファで眠る娘のフェリアを見ると、自然と微笑みが浮かぶ。
「あの方はわたくしに素晴らしい愛と最高の贈り物を授けてくれたわ」
「リディス」
ベッドに近づき彼女の手を握る父の手は変わらず大きく温かかったが、年経てもいた。
それが切なくて涙が滲む。
「ごめんなさい、お父様。辛い思いばかりさせて。親不孝な娘で」
サンモーガン家は古くから続く名家であり、アルバスは国王の信任篤く国のために貢献してきた。家柄と己に誇りを持ち、名に恥じないように生きてきたのだ。
そんな父を尊敬し、誇りに思ってきた。そして、父にふさわしい娘でありたいと願っていた。
だが、彼女は未婚のままフェリアを産んだ。
公にできない事情があり、父も理解し支えてくれたとはいえ、世間から見ればリディスは家名に泥を塗ったのだ。
そのことで、不本意な思いをしたことは数えきれないだろう。
そして、フェリアも。
リディスは自分で選択し生きてきた。
だが、父とフェリアはこれから先ずっと彼女の決断のツケを背負って生きていかなければならないのだ。
特にまだ幼いフェリアのことが、父親が誰かを知らせることも出来ずに遺して逝くフェリアのことが心配でたまらなかった。
「本当にごめんなさい。お父様、フェリア」
「リディス、謝ることはない。ワシはお前の選択を受け入れた。そしてそれを後悔したことはない」
優しく穏やかな、力強い笑顔。
その瞳は涙に潤んでいる。
  ありがとう、お父様」
死の手が彼女を迎えにくるのはそう遠いことではないだろう。
叶うならば最後に一目逢いたかったが、彼女の最愛の男性であるフェリアの父は間に合わないに違いない。
だが、それでもリディスは幸せだった。
 そして、同時に幸せと思う自分が許せなかった。
2005.04.17 inserted by FC2 system