006. リンゴ

 今年も農園のリンゴは豊作で、食卓につくみなの表情は明るい。
 その中でも、
「んー、んまぁ。リンゴのパイはソフィーおばさんのが一番美味ひぃ」
「リアーっ、ぼくもー、ぼくも食べたいーっ」
 大口を開け、手づかみで豪快にパイにかぶりつくフェリアが一番嬉しそうだ。
 マナーも何もないようでいて、彼女の食べっぷりは見てて気持ちよく、美しい。
 これが育ちというものなのだろう、とルビーは一人納得する。
 彼女がいなければ、ルビーは母の手作りパイなど二度と口に出来なかった。
 今でこそ王宮を護る警備兵の一人として城勤めをしているルビーだが、フェリアに逢っていなければ今頃娼館で媚を売る毎日だったに違いないのだから。
 父のアーチーも母ソフィーも働き者だったが人がよく、要領が良くないせいか、その働きに見合うほどの収入が得られず、一家は常に食べることで精一杯だった。
 ルビーが4歳のとき弟のハロルドが生まれたのだが、ソフィーは産後の肥立ちが悪く寝付いてしまい、出費ばかりが大きくなっていった。
 そして、少しでも家計の足しになれば、と路地で花を売っていたときに一人の少女と出会った。
「そんなしおれた花買う人なんかいるの?」
 やたらと偉そうに訊ねてきたのは、艶々の青銀の髪と健康的なバラ色の頬をした羨ましいほどに綺麗な少女だった。
 リアと名乗った少女の服はすり切れたり、継ぎが当たったりしたところなど全くなく、とても同い年、同じ人間とは思えなかった。
 そんなことを思う自分が惨めで、嫌でたまらず逃げ回ってもみたのだが、リアはしつこく付いてきては道行く人々に強引に花を買わせたり、屋台でモノをねだってはルビーとハロルドにも分けてくれた。
 ソフィーの病気を知ってからは、家に食べ物を持って遊びに来るようになった。
 彼女は一言も言わなかったが、時々お尻をさすっていたので、家の人間にこっぴどく叱られたこともしばしばだっただろう。
 だが、そんな日々は長くは続かなかった。
 無謀なまでに昼夜の別なく働き通したアーチーが、当然の結果として身体をこわしたのだ。
 父までが思うように働けず、借金やツケは溜まる一方だったのだ。
 それを知ったのは、借金の形にルビーを売り飛ばすため、人相の悪い男たちがやってきたときだった。
 まだ幼かったルビーはすぐに客を取らされることはなく、下働きとしてこき使われた。
 その仕事を何とか覚えようと必死になっていたとき、リアはまたやってきた。
 バスケットにいっぱいのリンゴを持って。
「何しに来たのっ?」
 驚き訊ねると、
「ルビーに逢いに」
 リアはけろりとして答えた。
 だが、ルビー以上に娼館が上へ下への大騒ぎになった。
 青銀の髪は王侯貴族の血を受け継ぐ証。どこかの貴族の落胤(おとしだね)に違いないという。
 それを聞いているうちに、ルビーはふつふつと心の奥から怒りがわき上がるのを感じた。
 かたや借金の形に売られた身、かたや貴族の恩恵を受ける身。
 そういったことをはっきりと認識したわけではなかったが、悔しさと切なさが募った。
 リアはルビーの家族とも自由に逢えるのだ。
「ふざけないでよっ! リンゴなんかいらないっ! お金持ってきなさいよっ! あたしをこっから出してよっ!」
 大声で泣き叫び、暴れるルビーに、リアは大きく目を見開き、黙ってリンゴを置いて帰って行った。


 リアが帰り、腹立ち紛れにバスケットを蹴り飛ばして、ようやく底に手紙が入っていたことに気付いた。
 字は読めた方がよいといって教えてくれた懐かしい父の字で、今はリアの伝手でりんご園で働いているので心配はいらないこと、ルビーへの謝罪、必ず迎えに行くからという言葉がつづられ、ルビーからもきちんと礼を言って欲しいとあった。
 本来なら危険な下町にリア一人を行かせたくはないが、借金返済が済んでいない彼らは行くことが出来ず、ハロルドは幼すぎる。だから、リアの好意に甘えるとあり、身体に気をつけるんだぞと結ばれていた。
 ルビーは自分のしてしまったことが恥ずかしく、申し訳なくて、泣きながらリンゴを拾い集めた。
 今度来たら謝ろう、そう心に決めたが肝心のリアは来なかった。
 三日経ち、七日経ち、数ヶ月が過ぎる中、ルビーは自分がどれだけリアのことが好きだったのか、リアといるのが楽しかったのかを思い知らされた。
 もう二度と会えないのだろうと諦めかけたころ、
「ルビーを返してもらいに来たよっ」
 金貨の詰まった袋を手に、リアはまたひょっこりと顔を出した。
 そして、白い小さなリンゴの花咲き乱れるこの農園へ連れて来てくれたのだ。
 そのとき出迎えてくれた家族の表情を一生忘れないだろう。
 リンゴは、ルビーに家族と大切な友人を持つ我が身の幸せを知らせる果実だった。
「ほら、フェイ」
「おいし〜」
「ねぇ」
 小人のフェリックにリンゴのパイを分けてやっているフェリアを眺めながら、ルビーは微笑んだ。

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