005. 336

「ヴァ〜イスっ、これなぁ〜んだっ?」
 学校の宿題に頭を悩ませていたヴァイスの前に突然明るい声と共に一枚の紙片が突きつけられる。
 日に焼け、変色した紙には稚拙な地図と共に「339の秘密」の文字が書かれていた。
「フェ、フェリアお嬢様、ま、まだこんなものをお持ちだったんですかっ?」
 問う声がうわずる。
「うん。昔の宝物箱漁ってたら出てきたの」
 茫然とする彼に、フェリアは手にした籠を軽く持ち上げてみせる。
 貝殻や珍しいコイン、蛇の抜け殻など雑多なものが放り込まれた籠の中で、小人のフェリックがふてくされたように座っている。
 その表情を見れば、彼も苦い想い出に腐っているのだろうことが伺えた。
「アンタに返しておくね」
 彼の手に紙を押しつけ、フェリアは青銀の髪をなびかせ走って行く。
 もうすぐ16歳になるというのに、相変わらず下町を遊び歩いているのだ。
「全く。何でこういうもんを後生大事にとっておくかなぁ」
 溜息を吐き、肩を落とす。
 彼とフェリックが力を合わせ知恵を出し合ってこの地図を描いたのは、彼が8歳のときだから6年も前のことだ。
 あの当時も今と変わらずフェリアに振り回されてはいたが、少し違うのはまだ一矢報いてやろうとか、抗う気概があったところだろう。
 そして、フェリックと考えていたのは、その名も「339(さんざんくるしめ)作戦」。
 内容はもっともらしく宝の地図を造り、フェリアを引きずり回してやろうという作戦だった。
 好奇心旺盛で何事も行動を優先させる彼女ならまず間違いなく引っかかるだろうと思われたし、事実そうなった。
 地図をさももっともらしく彼女に見せ、フェリックと2人「宝の地図だよっ」だの何だのと煽り、その気にさせるところまでは簡単だった。
 たった一つの誤算は、「じゃ、行くよ」と、彼らも同行を命じられたことだ。
「自分で見付けた地図なのに、気にならないの?」
 と訊かれては、ついて行かないわけにはいかなかった。
 結果、言うまでもなく彼らはえらい目に遭わされた。
 薄暗い森の中を歩き回される、得体の知れぬ穴やらうろやらに入らされるで、それはそれは恐ろしい思いをさせられたのだ。
 もっともフェリア自身も同じことをしていたので、文句は言えなかった。
 挙げ句の果てに、
「やっぱしニセモノだったか。でも、いい暇つぶしになったねぇ。ありがとぉ」
 と笑顔で言われてしまったのだ。
 心身共に疲れ果てた彼らは何も言えなかった。
 その後、2人はこの計画を「336(さんざんな上にむなしい)計画」と呼び改め、フェリアをペテンにかけることは諦めたのである。
「かといって、正攻法でも勝てないんだけどさ」
 今頃こんなものを寄越してくることを思えば、はじめから気付いていたのだろう。
 苦笑いをして、ヴァイスは地図を丁寧に参考書の間に挟み込んだ。
2005.02.09 inserted by FC2 system