004.それだけは勘弁してください
サンモーガン家の図書室は、ヴァイスの大好きな場所だった。
吹き抜けの2階を含め壁面は全て本棚で占められ、相当の面積があるはずなのに、そのことを感じさせないほどの蔵書量。
母エラニーが投手アルバス=ディルム=サンモーガン卿の一人娘リディスの世話係をしていた関係で、彼女の娘フェリアの話し相手として召し上げられ、ここに案内されたときには天にも昇る心地だった。
それ以来暇をみつけては、ここに入り浸り、本を借りていく日々なのだ。
「あ、やっぱりここにいた」
本を引っ張り出していると、フェリアが顔を出した。
14歳になった彼女は、毎日顔を合わせている彼でさえ、時に見惚れるほど美しくなっていた。
着飾り、黙って座っていれば、誰もが目を奪われるようになるのは、そう先のことではないだろう。
「何かご用ですか?」
「うん。美味しいお菓子をもらったから、エイリアとヴァイスにも分けてあげようと思って」
たまにフェリアは彼と彼の妹にお土産を持ってきてくれるが、その出所は深く追求しないことにしている。
何しろフェリアは用心棒としてだが、娼館に出入りしているのだ。
「ヴァイスって本当に勉強透きだね。学士にでもなるつもり?」
小首を傾げ、フェリアは面白そうに訊ねてくる。
「とんでもない」
なんだかんだとやらかしていても、やはり彼女は世間知らずのお嬢様だ。
「学士になるには家柄も必要なんですよ。僕なんて絶対に無理です」
「何で? 頭のいい悪いに家柄なんて関係ないじゃない」
ヴァイスは苦笑する。
12歳とはいえ使用される側の彼には、世の中にはどうしても越えられない理不尽な壁があることを知っていた。
彼女の祖父アルバスは国王の信任篤く、またサンモーガン家自体由緒正しい古い家柄なのだ。
そういう恵まれた環境に生まれたのだから、気付かなくても当然といえば当然なのだが。
「でもさ、本当になりたいって思う気持ちがあって、本当に優秀なら認められるんじゃないの?」
口を噤んでしまった彼を、フェリアはまっすぐに見つめる。
昔から彼女に口で勝てた試しはない 腕力で勝ったこともないのだが。
負けっぱなしの自分を再確認し、つい落ち込んだとき、
「じゃ、あたしと結婚するってのはどぉ?」
「へ?」
唐突な提案に目が点になる。
「あたしと結婚すれば、将来はサンモーガン卿ってことで、上の学校にも問題なく行けるんじゃないの?」
それは間違いないだろう。
半ば停止した思考の中で、他人事のようにそう思う。
「最近お見合いしろだの、行儀作法をマスターしろだのうるさくてうんざりしてるんだよね。でも、ヴァイスと結婚決めちゃえば、そういうのなくなるし、あたしもまた自由に遊べると思うの」
フェリアは自分の思いつきに満足したように頷く。
「まぁ、跡継ぎを何とかすれば、お祖父様だって文句はないだろうしさ。後はお互いに干渉しないってことで。ヴァイスはあたしのことわかってるから、その点問題ないよね」
煌めく大きな瞳、花びらのような柔らかそうな唇、透けるように白い肌と青銀色の髪。
今後ますますフェリアは美しく女らしくなっていくだろう 外見は。
しかし、本人の言う通り、彼はフェリアの性格を知っている。
彼女と結婚するということは、生涯振り回されるということ。
「 それだけは勘弁してください」
瞬時に将来の自分を思い浮かべ、ヴァイスは絞り出すように言ったのだった。
2005.02.07
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