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003. 大丈夫か?
「フェイーっ、フェーリィーック! 帰るよぉーっ!」
フェリアが大声で呼ばわる声が、森の中に響き渡る。
「全く」
彼女が剣の稽古をしている間に木の上に隠れていたフェリックは、溜息を吐く。
「ぼくは子分じゃないってーのっ」
妖精族の中でも人間たちによって小人族に振り分けられる彼は、背中に透き通った美しい羽を持つ、薄羽族の一員だ。
数ヶ月前故郷を飛び出し、宛もなく小鳥の背に乗って旅をしている途中、猛禽に襲われて落下し、気絶してしまったのだ。
そこをフェリアに見つかった上、「妖精もどき」などという不名誉極まりない名で縛られてしまったのである。
妖精族は名前に特別な意味を込め、時に呪いとすることがある。
彼女は偶然とはいえ、あっさりとそれを行ってしまったのだ。
そのせいで、彼は目的半ばでこの地に留められてしまった。
いつもやりこめられているので、ささやかな抵抗として更に枝の陰に潜り込み、姿を隠す。
「フェーイ? 寝てるの?」
こっそりと下を盗み見れば、フェリアがこちらを見上げている。
どうやら、この木にいることは既にばれているらしかった。
フェリア=トレスタ=サンモーガン。
この国の大機族サンモーガン家の跡取りであり、王家の血を色濃く宿す証の青銀色の髪をした、愛らしい顔立ちの少女である。
しかし、その性格はまさしく横紙破り。
下町を子どもたちと駆け回り、剣の稽古に励んでは、道場破りをするのだと高らかに宣言してみせる。
お嬢様という単語に申し訳なくて、頭を下げたくなるほどだ。
世の中何かが間違っている、と一人頷いていると、
「め゛っ」
何かが背中を直撃し、フェリックは一瞬気が遠くなった。
「おっと」
地面に激突する前に、大きな掌が彼を受け止める。
「あ、ありがど、ザリヴズ」
咳き込み、目眩がするのをこらえ、礼を言う。
「どういたしまして」
フェリアの剣の師匠おっちゃんこと、サリウス=ヴァン=デジレは苦笑いしつつ、彼を降ろしてくれる。
「フェイってば鈍いねー。こんくらい避けらんなきゃ」
思いやりや謝罪の言葉は欠片もなく、フェリアは手にしていたドングリを地面に放り、
「もう帰る時間だよ、あたしバスケット取ってくるから」
一方的に言って、サリウスの掘っ立て小屋へと駆け込んで行く。
「くぅっ」
「 大丈夫か?」
悔しさに呻く彼に、サリウスが皮肉っぽく笑いかけてくる。
「大丈夫なわけないだろっ?」
恐らく背中には大きな痣が出来ているに違いない。
地団駄を踏み、抗議しながらも、
「フェイ、帰るよぉっ」
「今行くよっ」
フェリアに呼ばれれば走ってしまう自分が情けない。
いつか自由になってやるっ。
バスケットに入り込みながら心に誓うフェリックだったが、この先サリウスから「大丈夫か?」と問われることは日常的になっていくのであった。
2005.02.01
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