002.始まり

 部屋の中央に設えられたベッドに横たわる母を視界の隅に、フェリアは白みかける空を睨み付けた。
「朝なんか来なければいいのに」
 呟きを落とし、唇を噛みしめ、小さな拳を握りしめる。
 母リディスが寝付いてから随分になるが、近頃は一際細く小さくなってしまったように感じた。
 祖父の表情は険しく家全体が哀しみに浮き足立っていた。
 医師のエイコットが祖父に話していた言葉の断片と、「しばらくは遊びに行かないで、お母様についていて差し上げなさい」と言われたことをつなぎ合わせれば、母の生命がもう長くないのだろうと察しはついた。
 その程度にはフェリアも成長していたし、同じ年代・階級の子どもに比べれば世の中のことも知っていた。
 リディスは未婚の母であり、フェリアの父親が誰なのかは祖父と母自身を除いて誰も知らないようだった。
 彼女は周囲から「父なし子」と陰口をたたかれていたが、それ以上に母は辛い思いをさせられていたのではないだろうか。
 子どもの彼女には出来ないこと、わからないこと、知らないことが多すぎる。
 一日も早く大人になりたいとも思うが、新しい一日が始まることは、リディスの生命の砂時計が、また砂を落としたことを意味するのだ。
 夜明けなど来なければいい。
 時が止まればいい。
 無駄な願いと知りながらも、フェリアは祈らずにはいられなかった。
2005.02.01 inserted by FC2 system