002. 女たらし


 「女たらし」っていうと、誰もがイメージするものがあると思う。
 「女をとっかえひっかえ」とか「女を泣かせる」っていうイメージや、プレイボーイっていう
単語も、結構な確率で思い浮かべる人がいるのではないかと。

 さて、実際に辞書を引いてみると、「女誑し」。
 漢字がすごいよね、「誑(たぶら)かす」。
 意味は「女をだましてもてあそぶこと。また、それを常習とする男」(By 広辞苑 第五版)。

 ところが、「プレイボーイ」となると、実は広辞苑には載ってなかったりするのが面白い。
 英和辞典(ジーニアス英和辞典第3版)を引いてみると、「名:遊び人、道楽者《金持ちで多趣味・多才な男;Playの対象は女性とは限らない;日本語の「プレイボーイ」は a woman chaser. a ladies'manに近い。playgirlも同様》」となる。
 「chaser」だから、「女の尻を追い掛ける人」っていう意味があるのかな?
 「Playboy」になると、粋な男っていう感じがするよね。
 女が勝手に熱を上げるような男。
 「尻を追い掛ける」っていうと、男としての株が下がる気がするし。
 でも、「誑かす」ってなると、女が虐げられているかのようなイメージになる。
 言葉って不思議。

 とはいえ、「女たらし」は、決して褒め言葉ではないんだよね、私の中では。

 よく「彼女が欲しい」「彼氏が欲しい」という言葉を聞くけれど、結局のところそういう人たちって、「彼女(彼氏)となる人が傍にいて欲しい」のか、ブランド物のバッグとかを持つように、「いないと体裁が悪いから欲しい」のかのところが見えてこない。

 大切にしたいから、いつも傍にいて欲しいから、「彼女(彼氏)」であって欲しいという意味なのかどうか。
 人が先なのか、名が先なのか。

 負け惜しみと取る人もいるだろうけれど、私は別に積極的にこういう思いがないから余計に不思議。
 恋愛をしていたら楽しいだろう。
 そういう相手がいたら、嬉しいだろうっていうのはわかるけどね。
 でも、やっぱり、「とりあえず、付き合ってみない?」というのには、どうしても抵抗がある。

 「女たらし」というか、「chaser」のイメージが強いのは、「光源氏」(古すぎ?)
 あっちで、素敵な女性がいるみたいだよっていう話を聞けば、お出かけ。
 こっちで、素敵な女性がいるみたいだよっていう話を聞けば、お出かけ。
 手元にはきれいどころと、心の安らぎを同居させておく……って書くと、激しく語弊があるかしら?

 そういう意味で言えば、昔の日本ってすごかったなぁ、と思う。
 「三日の夜の餅(みかのよのもちひ)」。
 平安時代には結婚後三日目の夜、新郎新婦が祝って食べるお餅だったり、その儀式のことを言うのだそうだけれども、通い婚のときは、これがあったら結婚成立! それでなかったら、「ご縁がなかったわね」っていうことだものね。
 専門家ではないので、言葉から受けるイメージだけで話してしまうと、2日は楽しんで、結婚は嫌だからどろんっ♪ っていうのも出来たわけでしょう。
 女の人の方で、「嫌だから、入れないでね」っていうこともあったんだろうけれど、『源氏物語』なんかだと女性側の拒否権ってあったもんじゃないというイメージも。

 こう考えていくと、日本って近代化すればするほど、女性が「耐える」っていう不文律が強くなっていっているような気がしないでもない。

 三日間のお試し期間と言ってしまえばそれまでかもしれないけれど、お互いに色々と文を交わしたりとか、優雅な時代でもあったっていうことなのかな? とも思ったり。
 一概に女の人だけが耐えてました! 押しかけてこられましたっ! っていうだけではないしね。
 そうか。
 こんな風に考えていくと、「女たらし」も「プレイボーイ」も、それなりに魅力がないとやっていけないっていうことなんだな、と。
 今のところご縁もないし、これからもご縁はいらないけれど、そういう魅力のある人っていうのは、話術に関して言えば、他人のことをちゃんと見ているっていう面で見習うべきなのかも。

 よく日本の男性って愛情表現が苦手といわれたり、日本の女性は言われ慣れていないので舞い上がると言われたりもしますしね。
 ただ、「言われなくても察することが出来る」「口にしなくても感じることは出来る」というのはわかる。
 でも、「言ってもらえると嬉しい言葉」「言って欲しい言葉」というのも確実に存在するのです。
 そういうことを素直に言い合える、分かり合える間柄っていうのに憧れるんだなぁ。

 「たらす」にしても「たらされる」にしても、結局「女」がいないと無理であって、そういう意味で女性側もうまく立ち回れば、「女たらし」に泣かされてばっかりっていうこともないのかも。

 だめだ……「女たらし」に関して、うまくまとまりがつきませんっっ。


「女たらし」
 薄暗いバーのカウンター。
 いつも彼はそこを選ぶ。
 表情を見られたくないのか、あらを見られたくないのか。
「じゃ、またな」
 そう言って、伝票も置いていく。
 それにも慣れてる。
 楽しい一時の代償。
「今日は楽しかった、またね」
 そう笑う私に、彼もにこやかに笑う。
 軽く頬にキスして、去って行く彼。
 周囲の羨ましそうな視線が、ちょっと誇らしい。
 残ったお酒をゆっくりと味わい、彼と鉢合わせしないだろうという時間を見計らって、勘定を済ませる。
「ケイコちゃん、余計なお世話はわかってるんだけれどさ。ああいう男はやめた方がいいよ。女たらしだよ、あのタイプは」
 顔なじみのバーテンダーが、声を潜めて忠告する。
 思わず吹き出す私。
「笑い事じゃないってば」
「ううん。わかってる。心配してくれて嬉しい。ありがとね」
 そう。
 彼は確かに私を利用してるかもしれない。
 でも、「女たらし」になるには、誑かす「女」がいないとならない。
 確かにお勘定は私が持っているかもしれないけれど、彼からもらっているもの、彼を利用させてもらっていることも多いのだ。
 彼が「女誑し」を気取るなら、それでもいい。
 もちろん、私の掌の上で、ね。
「じゃ、またね」
 こみ上げる笑いを押し殺し、私は表に出た。
 バッグから取り出した携帯には、彼からの「おやすみ」メールと……着信履歴。
  もしもし? ケイコです。今お話しても大丈夫かしら?」
 この女たらしさんは、私をお家まで乗せてくれるかしら?
inserted by FC2 system inserted by FC2 system