062. こわい

「おっちゃん、おっちゃーんっ」
 森の奥から響くフェリアの声に、
「あんだよ?」
 サリウスは身軽に立ち上がる。
 フェリック自身もそうだが、彼もフェリアの声の調子で本当に用事があるのか、何となく呼んでいるだけなのかの区別がつくらしい。
  小鳥さんが怪我してるーっ」
 手の中の小鳥に振動を与えないようにか、急ぎながらも慎重に早足でやってくるフェリアに、サリウスは駆け寄る。
 薄羽族のフェリックは、その肩の上から小鳥を見下ろす。
 小鳥は怯えているのか気絶しているのか、身じろぎもせずにフェリアの手の中にいる。
 そして、右羽は力なく垂れ下がっていた。
「ちょっと見せてみな」
 サリウスは細心の注意を払った様子で受け取った小鳥を見る。
「骨が折れてるみたいだな」
 難しい表情の彼に、
「治る?」
 フェリアは、大きな瞳を更に見開き、心配そうに訊ねる。
「ん……一応骨折の手当はしてみるけどな」
  飛べなくなっちゃうの?」
 フェリアの問いに、フェリックの心臓が飛び跳ねた。
 フェリックは飛べない薄羽族だ。
 背に翅はあれども、飛ぶことが出来ないのだ。
 原因は彼にはもちろん、同族の者たちにもわからなかった。
 そんな彼だから、飛べるはずのものが飛べないことの大変さは身にしみてわかっている。
 生存そのものが危ぶまれるのだ。
 餌もとることが出来ず、身を守る術もなく……。
 飛べない鳥が死を待つしかないのであれば、飛べない薄羽族も同じではないだろうか。
 フェリックが今楽しく生活出来るのは、人間族であるフェリアの庇護の下にあるからだ。
 決して自力で生きているわけではない。
 この鳥とて、フェリアかサリウスが救済の手を差し伸べれば、生きていくことだけはできる。
 だが、それはただの生である。
 鳥として薄羽族として生を受けた意味があるのだろうか?
 必死に鳥の手当をするフェリアとサリウスを見ながら、フェリックは初めてそのことに思い至った。
 今までは「何故飛べないのか」「どうしたら飛べるようになるのか」と考えたことはあっても、存在意義について考えたことなどなかったのだ。
 自分の足下が崩れ落ちるような感覚。
 そのこわさに、フェリックは己を抱きしめるように両腕を掴んでいた。
 

2006.05.20

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