060. これだ
「いやぁぁぁっっ」
唐突に上がった悲鳴に、フェリックは驚いて飛び上がった。
背中の羽が勢いよく広がる。
女の子の悲鳴など珍しくもないはずだが、上げた相手が問題だ。
フェリア=トレスタ=サンモーガン。
妖精であるフェリックを捕まえ、名付けることで縛った彼女は、いつも自信に満ちあふれ、悲鳴を上げさせることがあっても、自身が悲鳴を上げることなどなかった。
「とってとってとってぇっっ」
だが、今はその彼女が涙ぐみながらサリウスの方へと駆けていく。
「何だ何だ?」
彼女の剣の師匠であるサリウスも、今まで見たことのない彼女の様子に目を丸くしている。
「け、毛虫キライぃっっ」
「毛虫? あぁ、これか?」
「見せないでよっ」
サリウスがフェリアの頭から毛虫を取ってやると、フェリアは泣きべそをかきながらも抗議する。
「何だよ、リアは毛虫が怖いのか?」
「こ、怖くないもんっ。気持ち悪いだけだもんっ」
楽しそうに笑うサリウスに、フェリアは後ろに下がりながらも反論するが、その言葉にいつもの強さはない。
「そんなこと言うなって。いつかは綺麗なちょーちょになるんだぞ?」
「毛虫は蛾だもんっ」
「毛虫」と口にするのさえ嫌な様子に、フェリックは「これだっ!」と拳を握る。
傍若無人、道は自分のためにあるとばかりのフェリアにも弱点があったのだと思うと、ついつい頬が弛んでしまう。
それ以来、フェリックはフェリアからの誘いを断ったり、言うことを聞かせるために「毛虫」を利用することにした。
一言、「毛虫がいる」と言うだけで、フェリアは寄ってこないし、時には逃げ出したりもするのだ。
そして、
「フェーイ、あのねー」
またまたフェリアが呼ぶ声がする。
フェリックは、昼寝をしようとしていたところだったので、
「今はだめー。毛虫がいるからっ」
と叫ぶ。
そうすると、フェリアは一瞬にして青ざめ、「ま、また後でねっ」と言って去って行くのだ。
だが、
「どこに?」
「へ?」
案に相違して、今日はフェリアが木の上に登ってきた。
「あ、あれ?」
「どこにいるの?」
「あ、えっと、そこにいたと思ったんだけれど」
予想外のことに彼がへどもどしていると、
「なぁーんだ。おっちゃんに習った毛虫の取り方を見せてあげようと思ったのに」
と、フェリアは笑う。
「け、毛虫の取り方?」
「そう。手をこうしてやるとね、毛虫に刺されないんだって」
「リ、リア、毛虫、平気になったの?」
「うん。最近、すごく毛虫が多くなったみたいでしょ? それを気にしてたら、遊べなくなっちゃうし。だから、慣れるように頑張ったの!」
「あ……そ、そぉ」
フェリックは、力なく項垂れた。
唯一ではないかもしれないが、ようやく見つけたフェリアの弱点を、あまりに乱用したばっかりに克服されてしまったのだ。
そんな自分を殴りつけたいフェリックに気づかず、フェリアは得々と毛虫について語り続けるのだった。
2006.01.30
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