020. 没頭

 最近は既に日課となりつつあるように思いながらも、今日もランスは娼館へとやってきた。
「あのっ」
 知人から友人へとなりつつあるサリウスの住む小屋へと足を向けた彼は、幼い真剣な声に立ち止まった。
「やぁ、ルビーだったかな?」
 先日フェリアに紹介された名を思い出しながら訊ねると、少女は安堵したように肩の力を抜いた。
「そうです。ルビー=ブライスといいます」
「わたしに何か用かな?」
「あのっ、あたしもお城に上がることはできますかっ?」
 微笑みかける彼を挑むように見上げ、ルビーは言う。
 ランスは驚いて目を見開いた。
「小間使いとして、かい?」
 戸惑いながらも問いかける。
 ルビーは賢く現実的な娘で、貴族や商家の娘のように華やかな虚飾の生活を望む性質ではないと思っていたから、この申し出は意外だった。
「いいえ。兵士として。あたし、剣を習いたいんです」
 だが、ルビーは首を横に振り、更に彼を驚かせた。
 ルビーは荒事を好む性質には思えない。
「ランスさんはお城でも偉い人だって聞きました。だめですか?」
 彼女の態度は真剣で、その眼差しは決意に満ちていた。
「サリウスは? それに、街にも道場はたくさんあるだろう?」
 ランスはルビーの目的がどこにあるのかわからず、探るように問いかけた。
「サリウスさんはリアが大好きだから……あの人は弟子はとらないって、リアは特別なの。生命の恩人だからってリアは言うけど、たぶんそれだけじゃないと思う」
 やはり賢い子だと思って、ランスは微笑んだ。
 フェリアは「おっちゃんが行き倒れてるの助ける代わりに剣を教えてもらったんだ」と言っていた。けれども、それはあくまできっかけだ。
 サリウス=ヴァン=デジレ。大陸でも指折りの騎士。
 彼は己の全てを注ぎ込む一番弟子として、そして唯一の弟子としてフェリアを育てている。
 それがランスには羨ましく感じられていた。
「あたし、どこにでも行けるようになりたいの。剣を使えるようになりたいの」
 ルビーは泣きそうになりながら言葉を続ける。
「どうして?」
「リアといたいから」
 ようやくランスは納得した。
 恐らくルビーには打ち明けてあるのだろう。
 フェリアが大貴族の孫であることを。
 剣が使えるだけでは将来フェリアが出入りする場所には行けない。だが、もし城勤めの兵士となれば、護衛として行けることもあるだろう。
「リアは馬鹿だから、すぐ没頭しちゃって周りが見えなくなるの」
 ルビーは愛情を込めて笑う。
「リアは強いから、あたしなんかいらないの。でも、リアは前しか見ないから、あたしが後ろを護りたいの」
  そうか」
 幼いながらもルビーの友情は本物だ。
「考えておこう」
「ありがとうっ」
 深々と頭を下げるルビーにランスは笑う。
 何かに没頭するフェリアから目を離せない。彼らの方こそ没頭させられているのだ。
 彼に頼めば何とかなるだろうと簡単に考えるルビーを笑うことなど、彼には出来なかった。
 彼自身がルビーと同じ気持ちなのだから。
 肩をすくめ、ランスはフェリアがいるだろうサリウスの小屋へと弾む足を向けた。

2005.06.02

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