099. タブー


「フェリア殿、貴女はまだ決まったお相手がいらっしゃらないそうですね」
 前置きと言えるようなものもなく、いきなり飛び出したセリフに、壁際に控えていたランスは思わず目を見開いた。
 今日は、国王ジェラルドと共にサンモーガン邸へとやってきたのだが、珍しく同行者がいた。
 その青年ゲーロ=デ=ソルドは、騎士団に入ったばかりではあるが、家柄を鼻にかけているようなところがあった。
 指揮系統がランスとは違うため、その一目見ただけでわかる鍛錬不足も、礼を失したところも指導するのが憚られ、気が重たくなるばかりだった。
 もっともゲーロの言葉を黙って聞くサンモーガン卿の渋面を見ると、彼の訪問はあまり歓迎されていないようだった。
 そして、その傍に控えるフェリアは、下町のリアと同一人物とはわかっていても別人にしか見えなかった。
 リアが、そこにいるだけで誰もが振り返らずにはいられないほどの輝きを放っているのに対し、フェリアは気をつけていないと、そこにいることさえ忘れてしまいかねないほど気配が薄いのだ。
 長い睫が影を落とすほど、伏し目がちに佇む姿は、その無表情さと相まって、人形と錯覚させるほどだ。
 ゲーロの単刀直入に過ぎる言葉にも、表情を動かすことはない。
 ただ、まっすぐにゲーロを見据えただけだった。
 むしろ、こんな流れになると思っていなかったのか、ジェラルドの方が慌てて見えた。
「そちらにいらっしゃるローゼンフェルト殿にご執心ですとか」
 そして、いきなり名前を出されたランスも驚いた。
 フェリアの目が、一瞬彼を見て、そして深く俯く。
 恥じらっているかのような風情だが、ランスは内心天を仰いだ。
 彼女が、「ランスを慕っている」というのは、内輪でのみ通じる冗談と  彼にとっては冗談で済ませられるほど軽くはなかったが  ジェラルドや世間に対する牽制ではあったが、誰彼かまわず知るはずはないのだ。
 恐らく、ジェラルドがしつこく彼に詰問していたのが誰かの耳に入ってしまったのだろう。
 一瞬の切りつけるような眼差しが、「何で?」と問うていたのを理解するが故に、ランスは溜息が出そうになる。
「ローゼンフェルト殿は独身を宣言されておられる方ですよ? 貴女はお屋敷に籠もりきりとのことですから、他の殿方をご存じないのでしょう。叶わぬ恋に……いえ、恋に恋しているよりも、早く婿を迎えて、サンモーガン卿を安心させてあげてはどうですか?」
 ゲーロは、デ=ソルド家の次男だったことを思い出し、ランスは内心臍をかむ。
「ゲーロ殿。それは、フェリアへの求婚と受け取っていいのだろうか」
 サンモーガン卿の落ち着いた声に、デーロの顔が喜色に染まる。
 だが、
「私は、フェリアの気持ちを無視して誰かと添わせるつもりはない。そして、陛下の前でそのような物言いは、礼を失していると言ってよいのではないかな」
 鋭い眼光に曝され、すぐに顔を青くする。
 このように何でも顔に出るようで大丈夫なのか、とランスさえも白けてしまうほどに。
「あ、いや……その……」
「フェリア。私は……いや、お前はどうしたいかな? 本音でいいぞ」
「……お祖父様?」
 思いがけない言葉に、フェリアが表情を露わにする。
「本音でいい」
 疑問に答える代わりに、サンモーガン卿は、もう一度繰り返した。
「アルバス?」
 ジェラルドが不思議そうに問いかけるが、彼はただフェリアを見ていた。
 フェリアは、一度深呼吸をしたあと、
「デーロ様、お母様は、そのお申し出、何とおっしゃってまして?」
 切り込むように問いかけた。
 「お母様は」という言葉に、ランスは思い至る。
 サンモーガン卿の一人娘リディスは、生前かなり陰湿な当てこすりに遭っていたと噂に聞いていた。
 デ=ソルド家は、社交界でも中心にある。
 おそらくは、リディスに対する不当な扱いの筆頭にいたのではないか、と。
 ソルド夫人は、恐らく国王が目にかけるサンモーガン家と、今の人形のようなフェリアを見て、思い通りになると踏んだのだろうが、それはタブーに触れることに他ならない。
 ランスは、そのことがわかっていないデーロはもちろん、まったく気付く素振りのないジェラルドに対しても溜息を吐くと同時に、サンモーガン卿がどれだけの怒りを抑えているのか、フェリアの心中を思って、拳を握りしめた。

 2016年08月09日

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