095. さあいこう


「王子、そろそろ支度してくださいよ」
「あー」
「またそうやって。これが城下に降りるんだったら、こっちがどうやって止めようと全力ででかけるくせに。今回なんか、国外ですよー」
 細々と荷物の確認をしていたデズモント=アル=ベイナードは、つけつけと言いつのる。
 一方、クロイツ国第一王子であるゼラード=ギア=バーデルは、興味なさそうに長いすに寝そべったままだ。
「お后もらうのに、わざわざ出かけんのもなー」
「違いますよ。あなたのお后選びじゃなくて、イレイザ王女の婿選びですよ」
「へっ」
 不満を吐露するように、ゼラードは舌打ちする。
「そもそも、バラクト王には「予言」がついているからこそ、第一王子である貴方が行かれるんでしょう。イレイザ王女も美しいという評判ですし」
「美女ならいいって話じゃねーだろ。自分で口説いて、自分で落とす! それが醍醐味なんだろーがよっ」
「……その後が問題ですけどね……」
 デズモントは、深々と溜息を吐く。
 ゼラードの「ご乱行」は、巷間にも知れ渡り、いつ「あなたの子よ」と女たちが来てもおかしくないほどだ。
 もっとも本人は、「俺はんなへまはしねーよ」とうそぶいているが。
「確かに自分で見つけて口説き落とす、にはなりませんが、多くの野心ある男たちが狙っている姫君を落とす、その上世界が手に入ると思えば、かなりだと思いますけどね」
「ふむ」
 ゼラードは、唇を尖らせながら、考える素振りを見せる。
「どちらにせよ、行かないという選択肢はないんですから、もう諦めた方がいいですよ」
 乳兄弟である気安さで、デズモントは「これが最後」とばかりに言い捨てる。
「……イレイザを狙ってる男は多いんだよな」
「そうでしょう。今回の16歳の誕生日パーティーが、本来の誕生日より遅いのは、多くの国の列席を募るためという目的があるようですからね」
「……わかった」
 ゼラードは、「にんまり」と笑うと、弾みを付けて立ち上がる。
「さあいこう!」
 その笑みを見慣れているデズモントは、また何か企んでいるな、とは思うが、ゼラードが行かないという選択肢がないように、彼にもついて行かないという選択肢はない。
 まだ、行く気になってくれただけましだ、と気持ちを切り替えて頷いたのだった。

 2016年01年21日

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