094. 全部


 ランスが目を覚ましたあと、「絶対に剣を抜いて暴れない」という確約の上で拘束を解いたのだが、
「暴れませんが」
 と注釈をした上で、フェリアにげんこつを一発くれたのだった。
「……おっちゃんが、絶妙に手加減してくれてるのがわかった」
 と、フェリアがかなり涙目で呟いたところを見ると、本当に痛かったのだろう。
「で? 一体何が原因なんだ? 俺が何か吹き込んだとか言ってたみたいだが」
 サリウスは、溜息とともにランスにお茶を渡す。
 確かに彼女は昔からこまっしゃくれた口を聞き、それがまた妙に正論なものだから、神経を逆なでされることも多いが、さすがに一四歳になった今では、そういう怒りにまかせた行動をせねば腹の虫が治まらないほどのことはなくなってきたのだ。
 もっとも、六年近くの付き合いもあるため、彼の方が諦めたというのもあるだろうが。
 一方ランスの方は国王の信頼篤い騎士であり、性格は温厚篤実、胡散臭い部分もありながらも、笑顔でいることの方が多い人物であり、フェリアとの付き合いもそれなりに長い。
 その彼が、あれほど怒り狂った上に、全く手加減なしのげんこつを落とすくらいなのだ。
 そして、サリウス自身には、彼に悪意を持って何かをしろと言った覚えがない以上、一体何があったのかと疑問にも思うというものだ。
「んとね……この間、おっちゃんが、誰にも文句をつけられなくて、なおかつ結婚できない相手を上げればいーじゃんって言ったから、ランスさんの名前を挙げたの」
「ぶっ」
 サリウスはちょうど口に含んだばかりのお茶を吹き出した。
 一応大貴族の令嬢で、誰が見ても「美少女」と言って憚りないフェリアには、最近見合いの話が多く舞い込んでいるらしかった。
 だが、彼女自身、まだ「結婚」ということを考えたことがないのもあったし、何よりも母を「父親のわからない子どもを産んだ」ということで蔑んでいた者たちの子どもと結婚させられるということに抵抗を強く感じているようだったのだ。
 とりあえずの時間稼ぎとして言っただけだったのだが、本当に実行した上に、相手に選んだのがランスということで驚いたのだ。
「……どーやって言ったんだ?」
「この間、また陛下がお祖父様のところに来たの。で、お見合いの話が出たから」
 フェリアは突然両手で顔を覆うと、サリウスの胸に飛び込んで、
「ずっとお慕いしている方がいるのです……」
 か細い声で、絞り出すように訴える。
 本性を知っているサリウスでさえ、一瞬本気で心配になる声と、庇護欲をかき立てられる可憐さだった。
「って、言ったの」
 だが、顔を上げたときには、「けろり」としている。
「お祖父様がびっくりして、誰だって言うから。ローゼンフェルト様ですって。陛下とご一緒においでになられるお姿を、遠くから拝見しているだけでいいのです。わたくしのような子どもが相手にされるわけがないのも存じております。でもって」
「それをさっきみたいにして言ったのか?」
「うん。……だって、あたしが好きになってもおかしくない人で、誰も文句が言えないくらい高潔な人物でしょ? でもって、結婚出来ない相手って、意外といないんだもん」
「……確かに、な」
 ランスは、国を、国王を守る騎士として、独身を宣言しており、周囲もそれを認めている。
 その人間性も、容姿も皆が認めるところである。
「そしたら、陛下、いきなり廊下に出てちゃって。たぶん、ランスさんに詰め寄ってたんだと思うんだけど、あたし、ランスさんが困ってる顔を思うと、笑い出しそうになっちゃったから、それを堪えるのに、お祖父様のところにくっつきっぱなしだったんだよねー」
「それはまた」
 笑いを堪えている様子が、無理に聞き出され、恥じ入り、自分の恋が実らないことをわかっているからこそ、涙を堪えている風情に見えたことだろう。
「恋愛小説を参考にして頑張ったんだよ」
 フェリアは「褒めて」とばかりに笑う。
 その顔を、ランスは苦虫を噛み潰したような表情で見つめている。
 サリウスの中には、一つの推測がある。
 それは、フェリアの父親は国王であろう、という推測。
 そうでなければ、ランスほどの騎士が、こんな風に彼女の周りにしょっちゅうやってくることなど不可能なのだ。
 となれば、国王のランスへの問責は相当苛烈なものだったろう。
 「サンモーガン家の令嬢」としてだけならばランスは、たまに見かける見目麗しい、高潔な人物として遠くから憧れているという、フェリアが設定した通りの筋書きでいけただろう。
 だが、「下町に出入りしているリア」としての彼女も知っている場合、ランスとの接点はかなり多くなってくるのだ。
 本気で好いても仕方がないだろうと思えるほどに。
「なー、リア」
「何?」
「誰も文句を付けられない相手としてだけで、ランスを選んだのか?」
「……」
 フェリアは一瞬黙り込み、その後、「にやぁ」っと楽しくて仕方がないという笑みを浮かべる。
「一回くらい、ランスさんがものすごぉーく困ったり、慌てたりする顔が見てみたかったの。おっちゃんもそう言ってたでしょ?」
「そ、それは……」
 ランスから再び殺気が立ち上るのを感じる。
 隠し事をしているのがランスの側であることを思えば、はなはだ不本意ではあるが、結局全部自分が悪いんだろうな、と覚悟を決めたサリウスだった。

2016年01月20日

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