089. 今日の仕事


「フェリアお嬢様っ!」
 台所に、女中のカミーユの声が響く。
「また勝手に台所に入ってっ! 良家の子女たるもの、このようなところに入ってはいけませんっ! 今度は何を持ち出そうとしてるんですかっ?」
「ごめんねー」
 謝罪の意は込めつつも、反省はしていない口調で、フェリアは謝る。
 彼女が台所からくすねる食料は、森の中の掘っ立て小屋にいるサリウス=ヴァン=デジレに差し入れるためなのだ。
 彼に剣を習おうとしていることは言えないので、いきおい食料は厨房から勝手に持ち出すことになる。
「……他の方と一緒に召し上がってるんですか?」
「ううん。ほかの方とはめし上がってないよ」
 「ふるふる」とばかりに首を横に振る。
 彼女の頭の上で聞いていたフェリックは、密かに溜息を漏らす。
 フェリアは、意図的に「嘘を吐かない」ように誤魔化している。
 彼女にとってサリウスは、行き倒れているところを拾って、今は甲斐性のない彼に差し入れをしている、その代わりに剣術を教えてもらっている、という扱いであって、客分や友人という扱いではない、ということが彼にはわかっているからだろう。
 だから、カミーユは本当は「お一人で召し上がってるんですか?」と聞けば良かったのだ。
「とにかく、勝手に持って行ってはいけませんっ」
「じゃあ、断れば持ってっていいの?」
「……まぁ、そうですけど」
 花開くように微笑むフェリアに、カミーユの頬が紅くなる。
 やっていることは当然叱るべきことであるのに、この年齢で「美しい」と表現してもはばかりない彼女が愛くるしい仕草をすると、ついつい甘くなってしまうのだろう。
「そっかー。じゃあ、このケーキの端っこも持ってってもいーい?」
 彼女としても黙ってくすねるのは心が痛むし、後で怒られるし、悩みどころではあるのだ。
「お嬢様っ? いつ持ってってたんですかっ?」
 手品にように、ケーキを持ちだしたフェリアに、カミーユは目を丸くする。
「さっき。これは、だめ?」
 お世辞にも、「端っこ」とは言えない量があるものの、フェリアは上目遣いに「おねだり」をする。
「う……そ、それは」
「きょーのあたしのおやつ、カミーユにあげるから、いーよね!」
「あ、お嬢様っ!」
 彼女が怯んだ隙に、フェリアはケーキをバスケットに放り込み、厨房を飛び出す。
「ふっふっふっ。今日のお仕事もぶじかんりょー」
「そのうち、本気で怒られるよー?」
 すでにバスケットの中には、パンやソーセージなどが入っているのだ。
「んー? でも、おっちゃん、お腹減らしてるしねー。それに、まだおさけは持ってってないから」
 そこが問題ではない、と思いながら溜息を吐くフェリックに、フェリアは満面の笑みで応じたのだった。

 2015年12月1日
 
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