085. 海


「ねー、おっちゃん」
「あんだよ?」
 庭に座って休憩していたおっちゃん、ことサリウス=ヴァン=デジレは、彼の背にもたれ、本を読んでいたフェリアに呼びかけられ、首をひねる。
「おっちゃん、海って見たことある?」
「あー、あるぜ。ここに来る前に通った」
 元々国を出奔した後、彼はあちらこちら旅をしていたのだ。
 ここで路銀が尽き、行き倒れていなければ、まだ根無し草としてふらふらしていたのかもしれない。
「海ってしょっぱいってほんと?」
「あー、そうだな。魚を釣った後、海水で洗ってから焼くと美味いぞ」
「ふーん」
 フェリアは、言動からは全く想像がつかないが、この国の大貴族の娘だ。
 王都の中心ではある程度自由に行動しているが  本来ならばそれもあり得ないことだが  それ以上のことは難しいのだろう。
「見てみたいか?」
「……うーん……そだね。見てみたいかも」
「じゃあ、その内俺が連れてってやるよ」
「ほんと?」
 フェリアの顔が満面の笑みで輝く。
「あぁ。お前がちゃんと家の許可をもらってきたらな」
「うんっ! じゃあ、お弁当も作ってもらえるよーにたのむ」
「……そうか」
 最近貴族の娘であることをようやく認めた彼女を試す言葉であったが、フェリアは二つ返事で請け合った。
 それは、彼女の彼に対する信頼であり、さらには彼女の祖父であるサンモーガン卿が、彼が一緒ならばある程度のことは許可しているということだ。
 サリウスは思わず浮かんだ笑みを隠すため、正面を向く。
 海へ行く。
 それほど遠い距離ではないが、フェリアにとっては旅行であるし、サリウスも楽しみになってきていた。

 2015年11月23日

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