084. 分岐点


「……どうしたんだい?」
 微妙に距離を置いて座るフェリアに、ランスは首を傾げる。
 一度は彼に心を許し、懐いてくれたかのように見えた彼女だが、最近またこうして彼との距離を測るようになってきていた。
 だが、今日はどうやら彼に用事があるように見えたのだ。
 フェリアは、大きな瞳を真っ直ぐに彼へと向ける。
「あのね、ランスさんは、どーして騎士になろうと思ったの?」
「どうして、かい?」
「うん」
「……笑われるかもしれないけど、格好良かったから、かな。私の家は、騎士の家系ではなかったけどね」
 彼女に対しては、言葉を飾ることはできない。
 勉強は苦手だが、彼女は聡い。
「ランスさん、騎士のお家じゃなかったの?」
「ああ。私の父は、教会で教師をやっているんだ」
「へー」
「だから、騎士たちを見る機会は多かった。騎士になるために、必死だったよ。幸い剣の師匠にも巡り会えたし、父も応援してくれた。私は恵まれていた」
「でも、努力したのはランスさんでしょ? 自分が騎士になりたいって思ったから、がんばったんだよね」
  ありがとう」
 正面から見つめられ、ランスは面映ゆい気持ちになって笑みを浮かべた。
「……あたしは、何をしたいのかわかんないんだよね……」
 だが、フェリアは困ったように眉を寄せ、テーブルに頭を載せる。
 その言葉に、ふとランスは思い当たる。
 彼女はサリウスに剣を学んでいるが、それは友人のルビーを身請けするため、借金を返すための金を捻出するためだった。
 友人のために何かをしたいが、何をしていいかわからない、そんなときにサリウスと出会ったのだろう、とサリウスが推測していた。
 そして、魔法を習っているのは、彼女がいつも一緒にいる妖精族のフェリックが空を飛ぶ方法を手に入れるためだ。
 死んだ母のために自分を殺し、友人のために何かを学ぶ。
 勉強が今ひとつ熱心でないのは、彼女にとっての原動力がないからだ。
 無意識に頭を撫でようと手を伸ばそうとしたが、
「っ」
 彼女は弾かれたように、身を引いた。
「……あ、すまない……ただ、その」
 触れられたくない、という意思表示に、ランスは思った以上に傷ついた。
「ランスさん、最近、また強くなったでしょ」
 しかし、彼女は彼へ敵意を向けるではなく、ただ唇を尖らせた。
「え?」
「……おっちゃんもそうだけど、二人してずるい」
「え? あ、あぁ……そうか……自分では、あんまり意識してなかったけれど、強くなってる、かい?」
「なってる」
 おっちゃん、ことフェリアの剣の師匠であるサリウスとたまに剣を交えるようになったのは確かだが、それがそこまで顕著に効果があるとは思っていなかった。
 思えば、フェリアは当初なかなか彼の間合いに入ってこなかった。
「リア、君は何を悩んでいるんだい?」
「何をしたらいいのかわかんないの、そんだけ」
 珍しく特大の溜息を洩らし、
「聞いてくれてありがとね、ランスさん」
 フェリアは席を立つ。
 彼女は、もうすぐ社交界に出なければならない。
 「リア」のままではいられないだろう。
 ただ社交界に出るということは、自分を押し殺すしかないということだ。
 「リア」として生活するのか、「フェリア」として自分を押し殺していくのか。
 フェリアは今分岐点に立っているのだろう。
 ランスはその背を見つめ、何も出来ない自分を歯がゆく思った。

 2015年11月23日

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