083. 漂着



「フェリアお嬢様、考え事ですか?」
 珍しく物思いに耽っていたようなフェリアに、ヴァイスはお茶を運びながら声を掛けた。
「ん? うーん……ヴァイスは、学者になるの?」
「え?」
 質問に質問で返され、ヴァイスは返答に詰まる。
「おじいさまも、校長もヴァイスになら推薦状書いてもいいって言ってるんでしょ?」
「はい……恐れ多いことですが」
 彼の父は馭者を、母は女中頭を務めている。
 本来であれば、ヴァイスも妹のエイリアも、何か仕事をしてもいい年齢であるが、主とフェリアの厚意で、手伝い程度で留まり、ヴァイスは学校へ、エイリアは行儀見習いをさせてもらっている。
 これは、他の貴族の屋敷ではほとんどない破格の扱いだ。
 彼に関しては、フェリアの下町での行動や、横紙破りの性格を知っているからか、サンモーガン卿のたっての願いで、フェリアの身の回りの世話を手伝うことも多いが、それは子どもの頃からの習い性になりつつあって、彼にとっても当たり前の行動である。
「確かに推薦状を書くことは珍しいかもしれないけど、ヴァイスがそんだけ勉強頑張ったってことなんだから、もっと胸を張ればいいのに」
 フェリアは礼を言ってから、カップを口に運ぶ。
 もうすぐ15歳になるフェリアは、朝露に濡れた瑞々しい薔薇の花のように美しい娘に成長していた。
 ヴァイスにとっては嬉しいのか、残念なのかはわからないが、性格はあまり変わらないが。
 恐らく口を閉じて、淑やかに、伏し目がちに座っていれば、誰もが感嘆の溜息を洩らすだろう。
「それぞれやりたいこととか、やろうとしてることがあるのよねぇ」
 小鳥のように首を傾げる様子は、その性格も危険性も理解しているヴァイスでさえ見惚れるほどだ。
 今までのフェリアは、自分の立ち位置  父親が誰かわからない娘  ということが、周囲にどのように思われているのかを理解して公にはほぼいないものとして生活している。
 だが、もうすぐ社交界に出なければならない年齢となり、どうしなければならないか、を迫られているのだ。
 今までのように、一見好きに振る舞っているように見えて、その実流されるように生きてきた彼女が、どこかに漂着しなければならないということだ。
「一応私を妻にって言ってる人も多いし。けど、折角鍛えてきた剣や魔法が無駄になるのももったいないし。でも、あたし一人じゃ家督は継げないしねー」
 軽い口調で言っているが、本気で悩んでいるのだろう。
 答える術を持たないヴァイスは、大人しく傍に控えるしかなかった。


 2015年11月11日

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