080. 同時



「りふじん」
「何がですか?」
 ドレッサーの前に座りながら、腕組みをするフェリアに、彼女の髪を整えていたエラニーは首を傾げる。
「だって、あたしの快気祝いなんでしょ? なんで、あたしが嫌な思いをしなくちゃなんないのっ?」
 フェリアは、軽く唇を尖らせる。
 青銀の髪に、強く意志を宿した紺青の瞳、まだ幼いながらも「美しい」と思える顔立ちと、生まれながらに具わった気品があるせいか、そんな仕草をしても下品には見えない。
「……フェリアお嬢様、快気祝いに陛下がいらっしゃることが、ありえないくらい素晴らしいことなんですよ」
 彼女の髪に飾る花を摘んできたヴァイスが、母の言葉に深く頷く。
 普通、生え抜きの貴族、国王の信任厚い臣下であるとはいえ、その孫が病気になろうが何があろうが、いちいちその家を訪れることなどはなかなかないことだ。
 国王ジェラルドは、リディスの生前、没後、当主アルバスの元を訪れ、フェリアとも面識があるから、ということなのだ。
 だが、そういった理屈は理解できていても、フェリアにとっては窮屈な対応を求められるし、フェリックは同席させてもらえないし、自由に出歩けないし、と嫌な思いをすることこの上ないのだ。
「わかってる。ごめんなさい」
 駄々をこねてもしかたがないのだし、今のは単なる愚痴で、エラニーたちを困らせることは本意ではなかった。
 だから、素直に謝り、深呼吸をして気持ちを入れ替える。
「フェリア様」
 外からノックの音がして、執事の声がする。
「はい」
「そろそろお出迎えのお時間でございます」
「今参ります」
 背筋を伸ばし、表情を改めたフェリアは、ただの美しい人形のようでしかない。
 本来の輝くばかりの美しさを放つフェリアと、祖父のため、母のためと、自分を押し殺すフェリアは、同時には存在できないのだ。
 硬質な無表情で歩み出す彼女を、エラニーは心配そうに見送るのだった。


 2015年11月4日

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