079. 耐えられる



「……あれ……?」
 熱のせいか、何度も目覚め、また眠り、それがどのくらい経っているのかもわからなくなっていたフェリアは、ふと傍に人の気配を感じ、目を向ける。
 周囲が暗く、月明かりしか差し込んでいないので、夜であることがわかる。
 だが、月光に照らされたのは、祖父でも、メイドたちでもなく、そこにいるはずもないシルエットだった。
「……おっちゃん……?」
「あぁ……こんなに具合悪いって知らなくて、悪かった」
 おっちゃんことサリウス=ヴァン=デジレは、暗い声で言い、彼女の頭を撫でる。
 熱で浮かされた身体に、その大きな手はひんやりとして気持ちが良かった。
「……どしたの……?」
「ハリエットから、薬をもらってきた」
「?」
 サリウスは、彼女がどんなに勧めてもキャヴェリン=ハリエットに会おうとはしていなかったはずで、フェリアは朦朧とした頭で考える。
 剣の師匠のサリウス、魔法の師匠のキャヴェリン。
 どちらも彼女にとっては大切な存在なので紹介しようとは思っていたが、最近は諦めてもいたのだ。
「お前は俺の弟子だからな」
 サリウスはゆっくりとフェリアの身体を起こそうとする。
 身体に力が入らない彼女は、されるがままにすると、口元に吸い飲みをあてがわれる。
「飲めるか?」
「……ん……」
 薬の苦みが、やや意識を覚醒させる。
「お前が、俺のところに戻ってきてくれて嬉しかった……でも、ハリエットに言われてきたんだと思うと……その……悔しかったっていうか……」
 無事嚥下したのを見て、安心したのか、彼は口の中で「ごにょごにょ」とばかりに、言葉を続ける。
「でも、俺は師匠だからな。お前にあんま情けないとこ見せたくなくってつーか……」
「ふふっ」
「何だよ?」
 思わず笑うと、サリウスは気色ばむ。
「……だって……おっちゃん……行き倒れて……ずーっと、あたしが……ご飯……運んで、たのに」
 今更なことを言うと笑うと、彼はいつも通り拳を握り、すぐに彼女が病人であることを思い出したのだろう。
「うるさいっ」
 そっぽを向いたその頬が月光の中でも顔が赤らんでいるのがわかり、フェリアは更に笑い、すぐに咳き込む。
「あ、すまん……」
 フェリアを元通りに寝かせ、
「だから、話を元に戻すと、だ! 俺は師匠で、嬢ちゃんは弟子。それは変わらない。まだまだ教えなきゃならんこともあるから、早く元気になって、また俺のとこに来い」
 真剣な表情で言ったあと、
「それと……俺の下らない感情で、嬢ちゃんに嫌な思いばかりさせて悪かったよ」
 申し訳なさそうに付け加えた。
「へへ……」
 本当はサリウスに飛びつきたかったが、高熱で何日も寝込んでしまっている今の身体では、それもままならない。
「おっちゃん……」
「ん?」
「もうちょっと、ここにいてくれる?」
  ああ……いるよ」
 優しい声音、優しい表情で頭を撫でる手に、フェリアは頭をすり寄せる。
 サリウスが傍にいてくれる。
 これからも、一緒にいていいと、はっきり言ってくれた。
 それだけで、フェリアは、今の辛さを耐えられると思えるのだった。


 2015年11月02日

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